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昭和30年代生まれに贈るオンラインマガジン
Updated 2009/02/21
アメリカかぶれ
♪アメリカはいつも教科書だったよ  〜懐かしの海外ドラマ
▼アメリカかぶれ
作詞・秋元康/作曲・塩塚博/唄・郷ひろみ
燃えよ!カンフー /1976年
米国ABC系で72年から放映されたアクション・ドラマ。日本での放映は1976年。

1870年代のアメリカ西部。行方不明の兄を探し歩くクワイ・チャン・ケイン(デビッド・キャラダイン)は賞金付きのお尋ね者だった。

孤児ケインは中国で少林寺の僧に育てられ、成長して武術の達人となったが、 恩師を助けるために清の皇帝の甥を殺し、追われる身となってアメリカへ渡って来たのだ。

東洋人に対する偏見、差別。賞金稼ぎの殺し屋、善意の人々との出会いと別れ・・ケインの旅は続く。

カンフー映画ブームのなか、日本のTV局は先を争って『燃えよ!カンフー』の放映権を・・とはならず、本国に遅れること4年。深夜の放映だった。

あからさまに『燃えよドラゴン』にあやかった邦題とは裏腹に、スローモーションを多用したアクションに派手さはなく、デビッド・ジャンセンの『逃亡者』を開拓時代に置き換えたような、シリアスな人間ドラマだったからだ。

制作当時の米国はベトナム戦争に疲弊し、反戦を唱えるヒッピーの間では東洋思想がブームだった。そういった背景に合わせたのか、劇中には修行時代のケインと高僧の禅問答が回想シーンとして度々登場した。

「コオロギ(ケインのあだ名)よ。ネズミは穀物を盗む。猫はネズミを殺す。どっちが悪か?」というような話が交わされる。

この種の東洋趣味は米国人の心の琴線に触れるのか、日本でヒットしなかった『燃えよカンフー』は米国では支持され、続編も作られた。80年代の空手映画『ベスト・キッド』の師の教えにも同様のニュアンスを感じたものだ。

『燃えよカンフー』の原案はTVドラマ『グリーン・ホーネット』で俳優としての頭角を現したブルース・リーが企画したといわれるが、自ら演じる事は出来なかった。

失意の中、香港へ帰ったブルースは『ドラゴン危機一発』の主役の座につき、一気にスターダムを駆け上がった。成功に目をつけたハリウッドはブルース・リー主演で『燃えよドラゴン』を製作する。しかしブルースはその成功を自らの目で確かめることは出来なかった。

歴史に「もし」は禁句だが、『燃えよカンフー』をブルース・リーが演じていたならば、TVのアクションとしてのカンフーブームはあっても、ドラゴンブームはなかったかも知れない。


《余談》
カンフーという言葉は、『燃えよドラゴン』がブームになった当初はクンフーと表記されていた。時代的にアメリカンニューシネマの雰囲気があり、同時代の『木枯し紋次郎』に通ずるものがあった。

エピソードのサブタイトルの邦題は『木枯し紋次郎』と区別がつかない。
第2話:「さすらい人に刃が光る」  KING OF THE MOUNTAIN
第3話:「石の心に愛を刻んだ」 DARK ANGEL
第4話:「友の誠が闇を照らした」 BLOOD BROTHER

▼燃えよ!カンフー
燃えよ!カンフー
KUNGFU/1972〜75
放送局 :NET
出演:デビッド・キャラダイン
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燃えよカンフー

斉藤洋介に似た風貌のデビッド・キャラダインは、はまり役だった。


▼懐かしの海外ドラマ・目次
57 名犬ラッシー
57 ヘッケルとジャッケル
59 ポパイ
63 どらねこ大将
64 クマゴロー
64 トムとジェリー
64 逃亡者
64 原子力潜水艦シービュー号
65 ギジェットは15歳
65 ナポレオン・ソロ
66 奥さまは魔女
66 宇宙家族ロビンソン
67 ターザン
68 大魔王シャザーン
68 ザ・モンキーズ
70 謎の円盤UFO
72 燃えよカンフー
74 刑事コロンボ

海外ドラマリスト 1964年

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