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Updated 2009/02/21
丹波の巻物 第三巻『「つげ義春の旅」を行く 』
バスを降り、宿へ向かう山道を歩いて下って行きながら、こう考えた。
(夏目漱石風?)

「しまった・・・やっぱりレンタカーでも借りてくればよかった。」

そうなのだ。
宿へ向かう道は、行きは基本的に下りだからまだいい。 だが、帰る日はこの山道をえんえんと歩いてバス停まで登っていかねばならない。

コラムニスト タンバリンマン
タンバリンマン?丹波燐漫?
日々修行中の某道場でスカウトされた、 旅・楽器・歴史もの好きな「気まぐれ人」。 忍者と勘違いされがちだが(?)、正体は自分でも不明。
丹波の巻物 目次▼
ケメ
たむたむたいむ
「つげ義春の旅」を行く
よみがえる無人島
屋久島の風_1
屋久島の風_2
屋久島の風_3

季節は夏だった。
いくら標高のある場所とはいえ、大汗をかくだろう。 登山者にとっては、とるに足らぬ距離の山道とはいえ、あいにく登山の心得がない私にとっては、帰りの登りが思いやられた。

普通の人はマイカーで快適に通り過ぎていく。それが羨ましかった。 (山道とは言え、舗装されている。言わば、山の中の車道だ。)

・・・ こりゃ、帰りは大変だなあと思いつつ歩いてると、道の途中に廃墟と化したホテルなどがあり、ちょっと不気味に感じた。 う〜ん、いよいよ雰囲が出てきたなあ・・と思いつつ、なおも歩いて行くと、 車で宿に来た人のための駐車場に、やっとたどり着いた。

目的の宿までは、あと少しだ。 もう、向こうの方にその姿が見えている。
見覚えのある、その外観。 駐車場から宿までの歩きはたいしたことはない。
むしろ、いい散歩道だ。 車で来た人は、駐車場から宿までの道を歩けば
いいだけなので、楽なもんだろう。
そう思うと、やはり車で来ればよかった・・・と、余計に後悔(?)した。

その日私は
つげ義春という漫画家のお気に入りの宿「北温泉旅館」に向かっていた。

つげ先生の作品には、旅を題材にしたものが多い。 漫画、エッセイ、そしてイラスト・・・そのどれにも。 そして、明らかに旅から生まれたであろうと思われる作品には、異彩を放つものが目立ち、読む人に強烈な印象を残す。

一般的に先生の代表作にして異色作とされている「ねじ式」にも、旅のエッセンスを感じる。 「ゲンセンカン主人」「ほんやら胴のべんさん」「オンドル小屋」「もっきり屋の少女 」「リアリズムの宿」・・・をはじめ多数の作品は、まさに「つげ流(?)」の旅経験なくしては生まれなかったことだろう。 なんとも言えぬ、深い味わいがある。

私は、つげ作品群にはまるにつれ、先生の行った温泉地や宿に実際に自分も行ってみることを考え始めるようになっていた。

この北温泉は、特に先生のお気に入りらしく、つげ関係の読み物から度々名前が出てくる山奥の一軒宿だ。 先生の描いた、この北温泉のイラストは私にとって強く印象に残っていたので、ぜひ行ってみたいと思っていた。

北温泉
を描いた、先生のイラストは私の知る限りでは2点ある。

1点は、宿に通じる道を歩いてきた人物(先生?)が、宿の少し手前に後姿で立っているイラスト。 その人物は、今まさに宿に向かおうとしている。わけあり風(笑)。

そしてもう1点は、夜の露天温泉プールを描いたイラスト。 絵の中の、闇に同化したプール風呂は独特の世界観がある。 向こうに描かれた小さな灯りが、寂しさと郷愁が交わったような、つげ先生ならではの幻想的な雰囲気を醸し出していて、いつもながらお見事!


さて、テクテク私が歩いていくうちに、宿が目の前でアップになってくる。
北温泉旅館が、その細かい部分まで姿をあらわにする!
まったく、つげワールド(?)の外観ではないか。
建てられてどのくらいたっている建物なのだろうか、とても古い。
だが、その風情の魅力はどうだ!
あまりに先生のイラストのムードがそのままだったので、ちょっと感動した。
思い描いていた、あのイラストの実物が、今目の前にある。

長い山道
を歩いてきた疲れ(?)は、もうどこへやら。 はやる気持ちを抑えて宿の中へ。

・・・ むむ!これは・・・。
・・・暗い・・・古い・・・妖しい。

どこだ、ここは? 現実の世界なのか? 私は摩訶不思議な世界の中に放り込まれたような気分だった。 正直言って、物の怪(モノノケ)の類さえ、ここでは住人として居住権を与えられているのではないかと、錯覚を覚える。

だが、誤解のないように。 怖いわけではない。 むしろ、なんと言うか、ぬくもりを感じる・・とでも言ったらいいのか。 懐かしい暖かさも感じる。
「時の経過」というものに逆らっているようにも思えるし、「時の経過」を優しさで包んでいるようにも思える。「古さ」に媚びてる・・・とか、「古いもの」を大事にしてる・・とか、そういう表現でもないような。 「ここまできたら、古いものは古いままでいい」・・・そんな、いい意味でのおおらかさみたいなものを感じた。 ただ・・妖しい(笑)。

何気に宿の傍らを見たら、なぜかエスニックな物が並べられている。
??
よく見たら、これらは売り物のようだった。 どうなっているんだ、どういう取り合わせなんじゃ、こりゃ・・? ・・・もう、ワケがわからないが、そこがまたいい! ・・・ということにしておこう。(笑)

その時、つげ先生が、フラッと宿の中を通りがかるような気がした。
▼つげ義春
1937年、東京・葛飾に生まれ。
小学校卒業後、メッキ工場に就職。
その後、漫画家に。
水木しげるのアシスタントなどをしつつ、
ガロに「沼」「チーコ」等を発表。
80年代半ばを最後に休筆中。

宿
にはいくつもの温泉風呂がある。 中でも有名なのが、天狗風呂と、野外の大きな温泉プール風呂だ。

後者では、昼間っからどこかのオジサンがスッポンポンで湯に浸かっているのが見える 。 風呂の囲いなど無いので、宿に向かう小道を歩いてくる旅人からも、 部屋の宿泊客の一部からも、山の動物達からも、おまけに空の雲達からも丸見えだ。

が、しかし、それがどうした? 何か問題でも?
そんな気にさせられる、別世界。 プール風呂からあがる気ままな湯煙だけが、気が向けば入浴者の姿の一部を気持ちだけ隠してくれるくらいか。

さてさて
いよいよ部屋に案内される。 まるで館内は迷路のようだ。 で、迷路の脇には小さな神社のようなのがあり、薄暗い館内を妖しい灯火で照らしている。

普通、こういう宿だと不気味な感じがしそうなもんだ。 だが、これが。 この妖しさが楽しくて、嬉しささえ感じてワクワクしてくるから、あら不思議。


案内された
小さな部屋に荷物を置いて、いざ迷路(?)散策へ。

探検(笑)してると、いつの間にか天狗風呂の前に出た。 廊下を歩いていると妙な暖簾を見つけ、その暖簾を掻き分けて先に進むと、 暖簾をくぐったとたん、左に天狗風呂が現れた。

だが、この風呂、風呂へのドアがない。 と言うよりも、まず、風呂場と館内を遮る壁らしきものがない。 暖簾のあった廊下がそのまま風呂の横を通り過ぎ、先に続いている。 一応廊下と風呂の区切りはあるのだが、いかんせん、その区切りときたら、大きな透明の窓ガラスがあるだけ。

しかもまた! その窓ガラスときたら、風呂と廊下を遮るつもりも
無いかのように開けっ放しときたもんだ。
まあ、閉めていたとしても、透明なのであまり遮蔽効果は無いのだが・・。

つまり、こういうことだ。

風呂に続く廊下を進んでいくと暖簾があり、暖簾をくぐると左に、
遮るものがないに等しい、むき出しの風呂が現れ 、
その風呂の横を廊下はその先まで何事も無かったかのように続いてる。
その廊下からは、内部を隠す術のない風呂が丸見え・・。

そういうことだ。 いいのか、これで(笑)。 一応、室内風呂なのだぞ(爆)。
おまけに混浴・・ときたもんだ。

室内風呂
ということで外と内を隔てる壁らしきものはある。 して、その影には大小二つの天狗の面が飾られている。
面と言っても、人間が被れるような大きさの面ではあらず。

正確に測ったワケではないが、大きい方の面は一メートルくらいあったかもしれない。 小さい方の面とて、普通の人間が被れるようなサイズではない。

まあ、元々被るものではないのだろう。 入浴して見上げてみると、天狗のそそり立つ鼻が目につく。
なんか、二人の天狗にジ〜〜〜ッと見られているような気分だ。 そそりたつ天狗の鼻が「ナニ」を暗示させ、ちょっと卑猥で楽しい。 いや、妖しい!

で、目の前のむき出しの廊下を見ると、館内通行人が通って外へ出て行く。
子供も大人も。
大人は顔を向けずにそそくさと歩いていくが、子供は正直なもんだ。
しっかり風呂を「なんだ、こりゃ?」って感じでチラリと見ていく。
いやあ、これまた妖しい・・・。

最初はとまどうだろうが、この宿の雰囲気に慣れてしまえば、楽しいもんだろう。

夕飯は
質素である。 だが、安い宿泊費を考えれば(私が行ったときは一万円以下だった)、あまり贅沢は言えない。 もしいつか北温泉に行こうと思っている人がいたら、その辺はあまり期待しすぎない方が無難かもしれない。

で 、夕飯後しばらくして。 私は一番楽しみにしていた、夜の「温泉プール風呂」に入ることにした。 ここは水着も着用可なので、女の人にも安心だ。

前述した、つげ義春先生の北温泉を描いたイラストの一つ、夜の温泉プール風呂。 そのイラストの世界を体験するのが、この旅の私の一番の目的だった。

で、風呂に行くと・・・。
まんま、あの幻想的なイラスト世界そのまま。
イラストはモノクロで、現実世界はカラー(笑)であるが、
なにやら現実世界までモノクロっぽく感じてくるから面白い。

夜が更けていたせいもあり、他の入浴客がいなかったので、
ゆったりと湯に浸かる。 ゆうゆうと泳ぐ。
ひとしきりバシャバシャ横に泳いだ後、縦に泳ぐ。

気持ちいい。 周りは山奥の闇の世界。 泳ぐ音以外に近くに音は無し。
縦に泳いで行くと、だんだん向こう岸が近づいてくる。
そして・・たどり着く。

振り返り、岸によっかかってまん前を見ると、
正面には宿のこちら側正面の全景が浮かび上がり、視界に落ち着く。
湯面に立ち昇るわずかな湯気が、宿の下部をかすかに幻化させている。
それぞれの客室にはそれぞれの人間模様があるはず。
明かりの消えてる部屋があれば、点いてる部屋もある。
そう、まだ起きている人もいるのだ。
左右を見渡せば、夜の闇に紛れ、影絵化した山が。
黒い姿で左右から私を見下ろしている。

で、ふとゆっくりと上を見上げてみれば、山あいの夜空には満天の星が輝いている。
澄んだ夜空には、こんなにたくさんの星達が住んでいるのだ。
横にも上にも囲いが無い、山奥の露天ならではの贅沢さよ。

後ろを見てみれば、つげ先生のイラストにも描かれていた、
たった一つの闇に浮かぶ小さな電球が、
イラストそのままに健気に闇の一部分を照らしている。
彼は彼なりに働いているのだ。

つげ義春先生も
こうやって夜空を眺めたのだろうか。
至福のひと時とは、あんな時の事を言うのに間違いなかった。

つげ作品に出てくる、はかない美少女、けなげな美少女、あどけない少女、 妖しい色気の女性・・・などが幻となって、館内や屋外の風呂の片隅に佇んでいるような気がした。

気が付くと、いつの間にか私自身もモノクロ化していた。


丹波の巻物  第3巻
「つげ義春の旅」を行く〜北温泉〜の巻 了

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▼北温泉旅館
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