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昭和30年代生まれに贈るオンラインマガジン
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丹波の巻物 第二巻 『たむたむたいむ 』
前巻「ケメの巻」では、かつてのラジオ深夜番組「あおい君と佐藤君」に触れた。 今巻でもラジオ深夜番組の「たむたむたいむ」について触れたい。
なぜ「あおい君と佐藤君」についで「たむたむたいむ(以下たむたむ)」なのか。 それは当時これらのラジオ番組を聴いていた人ならピンとくる人も多いかもしれない。 |
![]() コラムニスト タンバリンマン タンバリンマン?丹波燐漫? 日々修行中の某道場でスカウトされた、 旅・楽器・歴史もの好きな「気まぐれ人」。 忍者と勘違いされがちだが(?)、正体は自分でも不明。 |
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「あおい君と佐藤君」は毎週月曜から金曜までの5日間、深夜の0時から0時10分まで放送されていた。 で、その後、同ラジオ局で引き続き0時10分から0時30分まで放送されていた番組が、この「たむたむ」だった。 私にとっては「あおい君と佐藤君」と「たむたむ」はパッケージのような番組だった。 つまり0時〜0時30分までの30分番組が、「あおい君と佐藤君」と「たむたむ」の 2コーナーで構成されている・・・そんな感じで聞いていた。 おそらく、「あおい君と佐藤君」に引き続き、この「たむたむ」を聞いてた人は多かったのではないだろうか。 ラインナップ的には「Oh!シンディ」「あおい君と佐藤君」「たむたむ」「コッキーポッ プ」「オールナイト・ニッポン(「パックインミュージック」だったり「セイヤング」だ ったりする時もあったが)」・・・と続く番組の流れが、当時の私のラジオ深夜放送ライフだった。 『たむたむたいむ』 1973年〜79年の6年間放送されたラジオ番組で、 パーソナリティは「かぜ耕士(こうじ)」。 ただし、かぜさんが担当したのは78年までの5年間だという。 だが私は、かぜさんがパーソナリティを担当した「たむたむ」しか知らない。 それはおそらく、私はその後段々ラジオをあまり聴かなくなってしまったからかもしれない。 やはり私にとっての「たむたむ」は、「かぜ耕士」以外にない。 かぜさんは甘く澄んだ、ちょっと高めの美声だった。 語り方は、一時の感情に流されることの少ない、淡々とした中にも知性と冷静さを感じさせるソフトな感じ。 経歴は・・・ 「かぜ耕士」昭和19年生まれ。 日大芸術学部演劇学科卒業後、作詞家やラジオの放送作家として活動。 1973年「たむたむ」のパーソナリティを担当するや、大ブレーク。 その後パーソナリティとしては「セイヤング」「オールナイト・ニッポン木曜2部」などを担当。 降板後は、本の出版、テレビのドキュメント番組の構成作家として活躍中。 で、この「たむたむ」はどんな番組だったかと言うと、かぜさんのトークの他に リスナーからのハガキを読むコーナー(「おたより読みっぱなし」の日もあった)、 「何でも話そう30秒(たむたむ発言?)」 「自作自演の歌コーナー」などのリスナー参加のコーナーがあった。 「何でも話そう30秒」のコーナーは、複数のリスナーからの電話(?)メッセージを録音したものを、直接電波で流すコーナーだった。 短い伝言・ぼやき・悩み・・・と言った、リスナーの独り言にも似たつぶやき発言が一 回終わるたびに、パーカッション(タム?)の音が入り、また次のリスナーの発言が流れる。そしてそれが何回か続く。 リスナーの発言内容はさまざまなものがあった。 それらの発言には、かぜさんに向かって「かぜさ〜ん〜〜」と呼びかけてくるケースが 多くて、またそれがかぜさんへの親近感を大いにアップさせていた。 そのコーナーは番組の「売り」の一つだったが、私にとってはそのコーナーよりも もっと好きだったのが、前述した「自作自演の歌」コーナーであった。 |
▼かぜ耕士/連載エッセー「風のような話」
月刊「スヌーピー」1975年5月号 ▽近況:結婚しました。と書いている。 ▽第一回〜ごちそうさま 僕は最近、料理に凝っています。激しく凝っている。理由は単純で、寿美花代さんにお逢いしたいためなのです。 〜料理修行の日々や男女の仕事について書いてあり〜 (この年、国際婦人年) 寿美サンに食べていただける日は、本当に来るでしょうか、疑問デス。 と結んでいる。 文中、『ごちそうさま』 への出場資格は約半分獲得、とあるが、 実現したのだろうか? ▼たむたむたいむ 月〜金/0:10〜0:30 松下電器が提供。 かぜ耕士のあとは、「北炭生のたむたむたいむ」 きたずみ・せい:フォーク歌手。 ▼あおい君と佐藤クン 月〜金/0:00〜0:10 あおい輝彦と佐藤公彦のトーク番組。 その後サザンの「桑田君と関口クン」に変わった。 |
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「たむたむたいむ(以下「たむたむ」)」には「自作自演の歌コーナー」というのがあって、私はこのコーナーが聞きたいばっかりに「たむたむ」を聞いていたような感があった。 このコーナーは「たむたむ」を聴いているアマチュアシンガーソングライターたちが自作の曲をテープで番組宛てに送り、そのテープが実際に「たむたむ」番組内で流され る・・というコーナーだった。 アマチュアシンガーソングライターにとっては、自作自演の歌をラジオから世間に発表できるというという、夢のような(?)コーナー・・・に私は思えた。 と言うのも、実は私も当時はシンガーソングライターを目指していたので、あのコーナーからは大いに刺激を受けたものだった。 おそらく番組に寄せられたテープは相当の数になっただろう。 電波に流されなかったテープはかなりあるのでは。 実際に番組内で流す・流さないのセレクト基準はあったのだろうか。 流された曲の中には、あまり録音状態が良くなくて、ボーカルがほとんど聞こえない曲もあったし、出来がいいとは言いがたい曲もあった。 だが、そういった「いかにもアマチュアっぽい」曲も流してもらえる・・というのは、番組を聴いてたアマチュアシンガーには大いなる励み(?)になったことだろう。 と言うのも、「たむたむ」の後、0時30分から放送されていた「コッキーポップ」で流されていたアマチュア(と、パーソナリティの大石吾朗は言っていた)の曲はどの曲も本当に素晴らしくて、「たむたむ」の自作自演の歌とはレベルの差が歴然としていたからだ。 (まあ、コッキーポップの場合は、アマチュアの曲・・と言っても事実上は全国から審査を勝ち抜いてメジャーデビューした、プロの曲だったので、レベルの差は当然だった のだが・・。いわゆる「ポプコン」の曲だったので。) さて、話を戻して「たむたむ」の「自作自演の歌コーナー」。 このコーナーには毎日違うアマチュアシンガーの曲が流されていたが、 次第に人気曲や人気グループが出てくるようになった。 これは、一度流された曲へ、リスナーから「もう一度聞きたい」というリクエストがいくようになったから・・と思われる。 そのうち「たむたむ」の公開録音では、「自作自演の歌コーナー」の人気グループの生のミニライブが行われるようになったほどだ。 例えば、「ハックルベリーフィン」というグループ。 レパートリーの「流れ星」という曲は、女の子からの人気が高かったことだろう。 メルヘン調の曲だった。 「卒業生と在校生」というグループ。 ポップなメロディで、センスを感じさせる曲が多かった。 「メロン・ジャム・バター35円」というグループ。 当時のフォークグループの王道という印象で、けっこう多作だったような。 「ページ・ワン」というグループ。 コーラスがキレイだった。 まだまだあるが・・・・私が一番好きだったのが、 「デビラ」というバンドの「オートバイ少年団」という曲だった! この曲、実際他のリスナーからもかなり人気があったようで、何度も番組内で流されていた記憶がある。 しかも、何種類かのテイクがあった筈だ。 当時「たむたむ」を聴いていた人の中には、この「オートバイ少年団」を覚えてる人は多いのではないだろうか。 ロックンロール調のコミカルな曲で、ちょこっとブギっぽい歌詞の(?)サビ。 こんな歌詞だった。(聞き取りにくく、間違って覚えてる部分もありそうだが) ♪ オートバイ少年団 by デビラ 粋なマフラー 真っ赤なマフラー 風になびかせ あの娘もいるよ あいつもいるぜ 俺たちゃ街のダニ キンキラバイクに ギンギラバイクに 飛び乗って 俺たちゃ行くぜ どこまでも 地獄まで ああ〜 ああ〜 オートバイ少年団! 川を超え 山を超え 三段ジャンプ 登り坂 下り坂 ブーブーブーブー 白バイ パトカー ぶっとばせ〜! 俺たちゃ行くぜ どこまでも 地獄まで ああ〜 ああ〜 オートバイ少年団! バ! バ! バイク バ! バ! バイク バ! バ! バイク バ! バ! バイク ああ〜 ああ〜 オートバイ少年団! (この後、一番とサビを繰り返す・・・。) まあ、こんな感じ。(古いアマチュアの曲で、公式発表されたわけでもないので、 あえて歌詞を書き込んでみた) 今聞くと、サビの部分なんか、もう少し工夫すればもっともっと良くなったかも・・ とも思うが、1コーラスの最後毎に、とぼけた感じで歌われる(?) ♪ オートバイ少年団 (お〜っとばぁ〜い しょーねんだん?・・←こんな歌い方をする。) というスットンキョウな部分は大受けだった。 最近この曲を友に聞かせたのだが、はじめてこの曲を聞いた友はやはり大受けした。 今聞いても十分面白い曲だ。 ・・ちなみに私はデビラの関係者ではありませんので、念のため(爆)。 そうそう・・・デビラと言えば! ぜひとも書いておきたい、私にとっての後日談がある! この後日談に気が付いた人、いるだろうか・・・と前フリした上で次回へ。(笑) |
▼かぜ耕士/連載エッセー「風のような話」
月刊「スヌーピー」1975年7月号 ▽近況:文化放送「うた・そして仲間」(日曜・AM10:30〜11:00) も軌道に乗り、レコーディング、映画出演の話、「たむたむたいむ」の単行本の出版 、とかなり忙しい毎日。---と書いている。 ▽第三回〜オートバイ少年団 オートバイ少年団の季節がやってきた。緑の萌え盛る日比谷公園の脇に、原宿の表参道に、土曜の夜ともなれば、愛車にまたがって彼らは群れつどう。 〜青春とオートバイの不良性。不良と非行の違いについて書いてあり〜 バイクは相変わらず不良っぽいのがイイ。〜バイクに乗る人は弁解めかず颯爽と走ろうぜ…とネ。 と結んでいる。 |
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【1】 なぜ、「デビラ」のバンド名のまま登場しなかったんだろう。 そうすればかつての「たむたむ」ファンからの反応があったはずだ。 もしもの事があった場合に、「デビラ」の名前が傷つく事を恐れたのだろうか。 「たむたむ」ファンには残念だった・・。・・・だが、結局そのとっておきの曲は演奏できずじまいに終わってしまった。 その曲を残したまま消えてしまったということは、後悔していないだろうか。 「たむたむ」ファンで、この回の「イカ天」を見た人はいるだろうか。 また、いたとしたら、この「ON=デビラ?」に気づいた人は何人いただろうか。 私と同じ思いで、この日の「イカ天」を見守った人は? もし、もし、この「ON」が「デビラ」じゃなかったとしたら・・・私の記憶はこんがらがってしまう。 少なくてもこの日「ON」が演奏した「岡っ引きのバラード」が、「デビラ」のオリジナル曲であったことは間違いないのだから。 私がなぜ「自作自演の歌コーナー」のことをよく覚えているかと言うと、「たむたむ」 内のこのコーナーでかかっていた曲を、私はラジカセで頻繁に録音していたからだ。 テープの数は何本にも及ぶ。 今でも我が家に残っている。 曲の在庫量(?)は何十曲にもなる。 私のテープライブラリー(?)の中から、この頃流れてた「自作自演の歌コーナー」の曲をいくつか抜き出して挙げてみよう。いい機会でもあるし。 中には演奏者名や曲のタイトルが不明のものもある。 また名前やタイトルの字の綴りは、よくわからないので「当て字」もしくは「ひらがな 」にしておく。 タイトルが不明な曲は、歌詞のリフレインで使われてる言葉をそのまま抜き出してタイトル代わりとして記す (本当はもっといいタイトルがあるのかもしれないが、識別しやすくするために 歌詞をそのまま)。 なお、ここに挙げる曲の選択基準は、「私が当時印象的に感じた曲」とする。 演奏者名:曲のタイトル デビラ:「オートバイ少年団」「岡っ引きのバラード」「あこがれの江ノ島」 ハックルベリィフィン:「流れ星」「丘の上から」「私の入る隙間(?)」 卒業生と在校生:「それは恋」「おもかげ(?)」「僕らはアイドル」 メロンバタージャム45円:「冬の夜」「君の誕生日」 ページワン:「もう今の僕たちには」「雪化粧」 ホワイトキックス:「心の傷」 ピエロのアール:「待ってます」「僕だけの秘密」 おおみずしゅんいち(しゅん君):「お昼寝」「教えてください」 汽車ぽっぽ: ? く・そんた:「そぞろ歩き」「青春の駅」 ?:「ブルースイメージを頼りに」 まや:「一人の時」 ?:「ちょうちょの酒場(墓場?)で踊っていた」 ?:「たった一枚のラブレター」 ?:「しあわせ」 ?:「恋の重さ」 ?:「君がすべて」 なるみやはじめ:「残り火」 こうへいバンド:「イッツオーバー」 トムトム:「そよ風の中で」 鳩時計:「夕焼けの中で」 やぎさわじゅんいち:「アクションフォースリー」 はしづめかつのり:「冷たき真夜中」 すずきけいいち:「この窓から」 リー:「やさしい心で」 エクスタシーズ:「あの女の子」 ジュライ:「一番星」 ウィスキーボンボン:「あなたにすべてをかけたのに」 エキセントリックアニマルズ:「シティライフ」 ?:「だから君だけはわかっておくれ」 なみきじゅん:「あなたのこと」 シリウス:「君の思い出」 ・・・はっ、いかん・・・書き始めたらきりがなくなってきた(笑)。 もちろんこれらの曲はまだまだ一部にすぎない。 これらの曲は知らない人が大半だろうし、知らない人にとっては「なに、それ?」ってところだろう(笑)。 この辺でやめておく。 このコーナーに投稿してたアマチュアシンガーソングライターの中には、今ではもう楽器を弾かなくなってしまった人や、へたしたら売り払ってしまって音楽などまったくやってない人もいることだろう。 一方で、今でも音楽を続けていられる幸せな人もいるかもしれない。 時代は変わり人の心や環境をも変えてしまう。 音楽の流行も早いスピードで変えてしまうものだ。 でも。 このコーナーには、かつてシンガーソングライターだった人たちの若かりし頃の思いがつまっている。その歌詞に、旋律に、歌に、感情に、音楽仲間に、当時のそれぞれの多感な時代の歴史がタイムカプセルのように残されている。 年月と共にその人が変わっても、あの時代に残されたこれらの曲は変わらずに残っている。一瞬の思いや時代を刻み込んで。 言わば「歌う写真」のようなものかもしれない。 大人になるにつれ段々失っていった「何か」がそこにはあるのだ。 若く多感な時代の恋、悩み、疑問、葛藤、喜び、その他様々な感情模様。 プロの曲のように洗練されてもいなければ、演奏も曲もつたないかもしれない。 だが、そういう曲でも「たむたむ」は電波に乗せて流してくれた。 そしてリスナーに届けてくれた。 上手・下手などはどうでもいい。 いやむしろ、つたなかったからこそ伝わる「素直な思い」があった。 だからこそリスナーに共感を呼んだのだろう。 だからこそ、愛しいのだろう。 けっして下手な過去だからといって否定されるものではない。 それも自分だったのだ。その人自身であったのだ。 きっともう二度と電波には流れることはないであろうこれらの曲を聞いていて、 私はふと・・・そんな気にさせられた。 私のこの記事を読んでくださってる人の中に、当時「たむたむ」の「自作自演の歌コーナー」にテープを送ったことのある人はいるだろうか。 また、いたとしたら、「おいおい、私の曲が入ってないよ」って感想を持たれたかもしれない(笑)。 そんな人がいることをわずかに期待して、丹波の巻物は次回第4編に続く(笑)。 |
▼イカすバンド天国/TBS/1989年〜
司会:三宅裕司、相原勇 通称「イカ天」。「平成名物TV」という番組の1コーナー。 アマチュアバンドの勝ち抜き番組。 ▽審査員: 萩原健太、中島啓江、吉田健、村上ポンタ… ▽イカ天ファンクラブ:林真理子、中野翠。番組にファックスで会報が。 在宅審査員:忘れてしまいました。 ▽初代グランドイカ天キング:「フライング・キッズ」 。 2代目:「ビギン」 3代目:「たま」 ▽「宮尾すすむとニッポンの社長」とか、みうらじゅんの「大島渚」 (曲:カリフォルニアの青いバカ)とか訳のわからない名前のバンドも。 ▽『グレイ』も出たらしい。 |
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ある日、仕事を終え、帰宅してテレビをつけたら、 何かの番組がちょうど終わろうとしていた。 画面に番組エンディングのスタッフ・クレジットが流れだした。 何気に見ていたら、ふと目にとまった名前があった。 それは「風小路将伍」という名前だった。 「ん?かぜこうじしょうご?・・・・かぜこうじ?」 ピンとくるものがあった。 「かぜこうじ」・・・なつかしい響きだった。昔聞いていた「たむたむたいむ」のパーソナリティに「かぜ耕士」という人がいたなあ・・。 ・・・もしや本人だったりして。 そう言えば、いつぞや昼のラジオ番組で「かぜ耕士」の話題が出た事がある。 それによると、かぜさんは今も元気に番組関係の仕事で活躍中・・ということだった。 そんな情報を思い出し、 「そうか、風小路将伍と言うのは、きっとあのかぜさんだ!たむたむたいむの かぜさんに違いない。うわあ・・やっぱり元気でバリバリ活躍されているんだなあ!」 と思うようになると、妙に懐かしいやら嬉しいやら。 「かぜこうじ」という響きの名前がそうそう何人もいるとは思えないし。 インターネットで「かぜさん」のことを検索したら、かぜさんからある人に送られたメールが載せられていた。 さとなおのいろんなコラム 「なんと!かぜさん本人からメールが!」>> そこにはかぜさんの誠実な思いが語られており、私は心をうたれた。 心情を切々と語るかぜさんの思いに胸が熱くなった。 「たむたむ」で感じた「かぜさん」の、私なりのイメージのままの「かぜさん」がそこにいた。 嬉しかった。 人生の浮き沈みなんて誰にでもあること。 強い立場(?)にいる人が、いつまでも強い立場(?)にいられる保証なんてないし、 それは逆もまた真なり。 ある意味、それは「時の浮気」みたいな部分がある。 いいか悪いか、正しいか間違っているか、それすらはっきりしない事もある。 それぞれの中には様々な事情もあるし、一概には決め付けられない。 第3者にわかるのは「結果」だけでしかなかったりもする。 昔「たむたむ」が大好きで、「かぜさ〜ん〜〜」のファンだった者の立場としては、 今も元気に「かぜ耕士」が「風小路将伍」として活躍中・・という事実が何よりも嬉しい。 インターネット上では、かぜさんのサイトもある。 そのサイトの名前は・・・ズバリ!「たむたむたいむ」だ! かぜ耕士のたむたむたいむ >> まさに、かぜさんならではのネーミング。 今現在、ドキュメント番組の「構成作家」として多忙な毎日を送っていらっしゃるらしい、かぜさん。 テレビ関係での活躍の場では「風小路将伍」の名前で、またネット上などでは昔ながらの「かぜ耕士」の名前で活躍されている・・・ということだ。 かつてラジオ深夜放送「たむたむ」は、「たむたむ発言・何でも話そう30秒」、 「自作自演の歌コーナー」、「おたより読みっぱなしデー」などのコーナーや、 それらへのかぜさんのコメントなどを通じて、リスナーを時には励ましたり慰めたり、 また時には元気を与え、共感を呼んだ。 また番組以外では、「たむたむ」関連のかぜさんの著書「各駅停車の青春に」などもあった。(確か続編も出版されたような) リスナーのはしくれだった私も、「たむたむ」やかぜさんから毎日「元気」を貰っていた。 そんなかぜさんも、色々な浮き沈みの人生経験を通じて今も頑張っている。 だから私も頑張らねばいけない。 少なくても「何か」で活躍していたい。 その「何か」は大きくても小さくてもいい。 個人的なものかもしれない。 あるいは色々な人への「広がり」「つながり」のあるものであるかもしれない。 あの番組を多感な時代に聞いていた私も、頑張らねばいけない。 あの番組を聞いていたリスナーたち皆にも、そうであってほしい。 一人よがりな思いかもしれないが、ふとそんな事を考えてる私がいた。 そんな私のかたわらには、かつて「たむたむ」から録音した「自作自演の歌コーナー」の入った古いカセットテープが何本も散らかっていた。 20年以上もの歳月を越えて。 それらのテープケースに付いているホコリを、私はそっとぬぐった。 ◎ 「丹波の巻物」 〜たむたむたいむの巻〜 了 タンバリンマン改め、時代屋だんぞうさんのサイトはこちら>> |
▼かぜ耕士
![]() 写真は、 月刊「スヌーピー」1975年5月号、 連載エッセー「風のような話」掲載時のもの。 (無断転載禁止。ご本人から許可を得ています。) 1944.07.13 埼玉県生まれ。 1968 作詞家として『太陽よ永遠なれ』でデビュー。 1969 『涙をこえて』がヒット。 作詞家と放送作家として活躍。 1984 テレビに活動の場を移す。テレビ用筆名「風小路将伍」。 ▽詳しいプロフィールは以下で。 かぜ耕士のたむたむたいむ >> ▼詩や創作を朗読する日 当時、このコーナーに投稿されていた、 五十嵐きよみ(いがらしきよみ)さんのサイトの記事を紹介します。 当時、高校生だった五十嵐さんは、番組への2年半ほどの投稿生活の中で、 20分の番組をまるまる独占してショートストーリーが読まれたことがあるそうです。 ▽詳しくはこちらを参照 「出 投稿生活記」>> ▽トップページはこちら 「梨の実通信」>> .書籍の紹介、出投稿生活記、初心者短歌講座、エッセイ等。 ▽五十嵐きよみ 1959年、京都府生まれ。東京都在住。 編集・企画会社勤務。 歌人。 |
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デビラのボーカルだった方からメールが届きました。『岡引のバラード』のONのボーカルでもあったそうです。タンバリンマンさんの記憶は正しかったということです。(朱夏 記) 以下にご本人のサイトをリンクします。 http://www.monorals.com/ |
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エクスタシーズの代表、相田さんからメールが届きました。 実は私はその昔仲間内で「エクスタシーズ」という フォークグループをつくっていました。 といってもメンバー(3人)が銘々に自作した曲を持ち寄って 録音会をするだけの幻のグループではあったのですが。 「あの女の子」は当時、リクエストがあって 少なくとも2度は放送されたのを覚えています。 内容は抜粋です。(朱夏 記) |
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