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昭和30年代生まれに贈るオンラインマガジン
Updated 2009/04/25
博多味恋
子供時代を過ごした福岡の食べ物にまつわるエッセイ。
▼博多みれん
作詞・鳳司哲夫/ 作曲・荒井英一/唄・野口五郎
親不孝通りのランチ
1980年代に福岡の若者の街として有名になった『親不孝通り』。私が、その名の由来となった予備校の一つに通っていた頃は、まだ名の無い通りだった。

当時は、今や老舗として知られる店が出揃った頃で、夜の繁華街のイメージは無かった。『屋根裏 獏』、『晴れたり曇ったり』、『振子』。私の周りでは、予備校生が居酒屋でコンパという風潮はなく、ランチでお世話になった。

当時のお昼のローテーションは、お弁当〜予備校の学食〜上記の店〜通り沿いの中華屋〜ショッパーズプラザのお好み焼き『ふきや』だった。ランチは飲み物付で500円以下だったが、どこも美味しかった。

女子に人気があったのは、オシャレな感じの『勝手にしやがれ』という店だった。いつも5〜6人のグループで出かけたので、混んでて入れないことの方が多かったが、コンビーフピラフがお気に入りだった。

皿に平たく盛り付けて、マヨネーズをディスペンサーで網の目のようにかけてあった。今はお好み焼きでよく見かけるが、当時は初めて見たし、家でコンビーフを食べることもなかった。

そして、予備校へ通うようになって初めて食べたのがピザだった。『親不孝通り』の入り口の交差点の近くに『シェーキーズ』があった。当時から昼の食べ放題があって、600円位だったと思う。飲み物は別料金なので、当時としては贅沢だった。

味はどうだったかといえば、「おなか一杯食べ過ぎて、もう要らない」・・という印象しかない。グループで行って、テーブルの下に隠したごみ袋(当時は黒かった)に詰め込んで持ち帰った猛者もいた。

『親不孝通り』の名がついたのは、私が実家を離れてからで、学生時代の夏休みに予備校の講師のアルバイトで訪れた時には、ずいぶん様子が変わっていた。なので、私のイメージする「あの通り」は1977年という限られた時代のものだ。
▼70年代のシェーキーズ
シェーキーズ

▼勝手にしやがれ
勝手にしやがれ
店にポスターがあった


▼博多味恋・目次
てんぷら
ゆずこしょう
クロボー
からしめんたい
せんぺい
長崎物語
南関あげ
たいらぎ
クツゾコとアラカブ
かすてらまんじゅう
ぽんず
親不孝通りのランチ
九州取り寄せグルメ
通販情報 画像にリンクしています。

ふくや からしめんたい

柳川 うなぎせいろむし

有明海 タイラギの粕漬

大宰府 梅ヶ枝餅

久留米 大砲ラーメン

元祖 いわし明太子

海老の宮川 活き車海老

長崎 吉宗の茶碗蒸し
   
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