昭和30年代生まれに贈るオンラインマガジン
Update: Jul.2004
隣の車が立派にみえまーす
子供時代の自動車レポート。
 
マツダR360クーペ: 昭和36年

私が(記憶している限りでは)始めて乗った車。誰もが自家用車を持てる時代では無かった。ウチの車ではなく、父親と付き合いのあった写真館の店主の車だった。クーペという言葉を知ったのもこの車の名前からだ。

乗ったのは一度だけ、場所は当時住んでいた長崎県の対馬。前席にはオーナーと父親、後席に私一人。木漏れ日の中、浅瀬か川の中を走った初夏のひとときを今でも忘れない。 雲の上を走るようで乗り心地が良かった。(他に比べる物を知らなかったのだが。)走った場所が何処であったか、今となっては尋ねる相手がいない。

車名:R360クーペ 型式KRBB,KRBC

会社名:マツダ(株)
車種・用途:軽乗用
機関:空冷 90度V2 OHV
排気量:356cc 16ps/5300rpm
変速機:4MT及び2AT 駆動方式 RR
最高速度:90Km/h

フォードタウナス17M: 昭和40年

これは乗ったことも無く、実物を見たこともない。けれど、私が最初に好きになった車。TVドラマ『ザ・ガードマン』のパトロールカーだった。

斬新なスタイルに憧れてブリキのオモチャを買ってもらったのだが(タウナスという名前は父親に教わった)、先代のモデルで、ガードマンの車とは少し違っていた。そちらのほうがより斬新に見えたように記憶している。

タウナス(現在はタウヌスと表記される)は 、当時のドイツフォードを代表するセダンで、本国では高級車では無かったと思われるが、1968年の資料(次のモデル)では7600マルクで、フォルクスワーゲン1200(ビートル)の5000マルクに比べれるとかなり値が張る。

今から考えれば、当時の日本ではビートルがかなり高級だった事から、警備会社が使うには目立つ事を含めて相応しくないように思う。特定のメーカー(国産車)の宣伝にならぬよう配慮したのだろうか?ちなみに、同時期の『特別機動捜査隊』は日産の提供でセドリックを使用していた。

特徴的なフロントグリルと丸い車体断面が頭にずっとこびりついていたらしく、トヨタのセリカが発表された時、これはタウナスじゃないか?と思ったものだ。


1961-64


1965-67

シボレー・コルベット・スティングレイ: 昭和40年 New!

人生で二番目に好きになった車。これは好きで好きでしかたがなかった。なにしろ憧れの『スパイキャッチャーJ3』の愛車だったからだ。

今でこそ、街でポルシェやフェラーリを見かけることは珍しくもないが、当時は外車を見かけることは希で、ましてやスポーツカーは映画で見るだけの存在だった。J3の愛車『コルベット』の価格はトヨペット・クラウンの約5倍だったのだ(68年型での比較)。

ドラマの中のコルベットは、007のボンドカーばりに空を飛び水上を走ったが、何より格好良かったのは格納式のヘッドライトだった。これは番組用に改造されたものではなくオリジナルの装備。

国産車に採用されたのは2年後のトヨタ2000GT(ボンドカー@007は二度死ぬ)で、それまで見たことが無かった。J3の場合はライトじゃなくて、小型ミサイル発射口が現れるのだったが。

現在は米国では昼間点灯が義務付けてる州があるので、完全な格納式のタイプを採用する車は少なく、コルベットも一部露出している。

当時はシートベルトの着用義務もなく、川津祐介@J3は颯爽と飛び乗り、飛び降りたのだった。

車名:シボレー・コルベット・スティングレイ
会社名:ゼネラルモータース

▼スパイキャッチャーJ3
1966.10.7 〜 1967.3.31
TBS系
原作:都筑道夫

▼TULIP
♪冷たく光るチューリップの目
The Undercover Line Of International Police

J1:丹波哲郎
J2:江原真二郎
J3:川津祐介

マツダキャロル360: 昭和41年

我が家に自家用車がやってきたのは、私が小学二年生の時。当時、自家用車の普及率は13.5%(これはライトバンを含まないので実質上はもっと多かったと思われる)。家は決して裕福では無かったのだが、父親の趣味が写真撮影で、どうしても足が欲しかったらしい。当然、中古車での購入だった。

車選びの条件は軽自動車で、候補にあがったのがマツダの『キャロル360』と富士重工の『スバル360』。どっちがいいか聞かれたのだが、私の好みは「手塚」より 「横山」の造形だったので、『キャロル』と主張したところ、採用された。

キャロルは、水冷4気筒エンジンが静かだった反面、ギアノイズが目立っていた。独特の音から、当時三歳だった弟は「ぴよぴよ」車と呼んでいた。

納車日は日曜だったので、父は私と弟を乗せて福岡から熊本城までドライブに出かけた。母親はセンパア@大正製薬が必需品だったのでお留守番だった。

初夏だったと記憶しているが、国道三号線に照りつける日差しが強く、「逃げ水」というものを始めて見たこと、車中で食べた「おしるこクッキー」の味が忘れられない。

車名:キャロル360 型式KPDA

会社名:マツダ(株)
車種・用途 :軽乗用
機関 :水冷 直4 OHV 軽乗用で初めての総アルミ製エンジン
排気量:358cc 18ps/6800rpm
変速機:4MT 駆動方式 RR 最高速度:90Km/h

ダットサンブルーバード: 昭和41年

これは我が家のクルマではなく、父親が知り合いから一日だけ借りてきたもの。小豆色のスポーツセダンだった。

私は乗り物酔いするので、例え目的地が遊園地であれ、クルマで出かけるのは嫌だったのだが、このときは嬉しくて仕方がなかった。我が家のキャロルと比べると格段に格好良かったからだ。

ドライブは福岡から長崎水族館(1998年に閉館)まで。乗り心地も加速も、キャロルとは比べ物にならず、スイスイと気持の良いドライブだった。借り物なのに自分が誇らしく思えた程だった。

ところが、目的地を目前にしてトンネルを抜けた直後、ネズミ取りにひっかかってしまった。人生初の経験だった。飛ばしたい気持はわかるだけに、母親は小言を言わなかった。

大人になってから、同じ道を自分で運転して走った事があるが、トンネルを抜ける時に思わずアクセルを緩めてしまった。違反しちゃいけないと思ったのではなく、景色があまりに懐かしかったからだ。

車名:ダットサンブルーバード1300 型式P411

会社名:日産自動車(株)
車種・用途 :乗用
機関:水冷 直4 OHV
排気量:1299cc 62ps/5000rpm
変速機:4MT 駆動方式 FR 最高速度:140Km/h

日産セドリック: 昭和42年

これは、父親の知り合いの医者にドライブに誘われて乗せて貰った。黒塗りの新車で、当時珍しかったカークーラー(エアコンではない)がついていた。

雲仙(長崎)へミヤマキリシマを見にいったので季節はゴールデンウイーク。この型(2代目)のセドリックが発売されたのは昭和41年末なので、42年ということになる。

我が家のキャロルと比べると乗り心地は雲泥の差なのだが、 船のように緩やかに揺れるので、気分が悪くなってしまった。窓を閉め切ってクーラーをかけていたので、新車特有の匂いが循環していたのも原因の一つだ。休憩して、窓を開けてもらったら治ってしまった。

この型のセドリックは、当時日産がスポンサーだったTVドラマ『特別機動捜査隊』 に永らく使用されていた。タイトルバックで、赤色灯(モノクロだったが)を点灯して都内を走る覆面パトがそうだ。『特別機動捜査隊』は、1961年から1977年までの長寿番組なので、歴代のセドリックが登場していた。


車名:日産セドリックスペシャル6 型式H130

会社名:日産自動車(株)
車種・用途 :乗用
機関:水冷 直6 OHC
排気量:1998cc 115ps/5200rpm
変速機:4MT 駆動方式 FR

日野コンテッサ900: 昭和43年

これも中古車での購入。当時コンテッサは、このクラスで珍しい4灯式ヘッドライトを装備した1300にモデルチェンジしており、1300クーペは私の憧れの車だった。

コンテッサ900はキャロルと比べると大きくなって楽にはなったのだが、それ以上の喜びはなかった。阿蘇山の中岳の火口へ登る最後の坂を、車から降りて家族で押すという行事はなくなったが。
*阿蘇の火口:ラドンが産まれたところ

記憶にあるのは、当時としては先進的な「電磁クラッチ」を装備していた事。 フロアにはクラッチペダルの代わりに直径4センチ、高さ3センチくらいのアルミのボタンがついており、電気的にクラッチ操作ができるというものだった。時々故障していた記憶がある。 メカニズムについては、特に父親が説明してくれた記憶がないので、大人が話すのを横で聞いて覚えたのだろう。

最後は事故で側溝に脱輪して、廃車となった。

車名:コンテッサ900 型式PC10

日野自動車工業(株)
車種・用途 :乗用
機関:水冷 直4 OHV
排気量:893cc 35PS/5000rpm
変速機:3MT/4MT 駆動方式 RR
最高速度:110Km/h

三菱コルト800: 昭和44年

コンテッサが事故で廃車になったので、急遽購入したのがコルト800。勿論、中古だった。排気量は100cc減ったが、この車は活気があった。排気量あたりの出力が大きい2サイクルだったからだ。

見た目もファストバックで(国産車初ファストバックセダン。ただし初期型のテールゲートは開かない)軽快だった。 が、乗って嬉しかった記憶はあまりない。

当時のウチの家族は、父親を除いて全員乗り物酔いをした。以前のコンテッサはリアエンジンで、走行中にガソリンの匂いはあまりしなかったのだが、コルトはフロントエンジン且つ、オイルの燃える匂いがきつい2サイクルエンジンだった。

ベンチレーターのファンを廻すと、エンジンルームからガソリンとオイルの匂いが漂ってきた。特に冬場は窓を閉め切っているので閉口した。

当時、夏休みに後部座席に子供4人乗って出かけた記憶があるが、そんなことが珍しくない時代だった。ただ、ドアが2枚しかなかった(4ドア車と共通で短い)ので、乗り降りは不便だった。

車名:三菱コルト800 型式---

三菱自動車工業(株)
車種・用途 :乗用
機関:水冷 直3 2サイクル
排気量:843cc 45PS/4000rpm
変速機:4MT 駆動方式 FR 最高速度:120Km/h
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