---ゴーディ・ラチャンス
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昭和30年代生まれに贈るオンラインマガジン
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Update: Jul.2008
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スタンド・バイ・ミー
私は12歳の時の友人に勝る友人を、その後持ったことがない。
---ゴーディ・ラチャンス
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▼スタンド・バイ・ミー
THE BODY:スティーブン・キング著 |
我が家にカラーテレビがやってきたのは昭和44年の暮れで、ソニーのトリニトロンだった。買いに出かけた電気店でタイガーマスクが放映されていたのを覚えている。 画面に色がつくことは画期的な出来事ではあったけれど、その前にもっと大きな出来事があった。UHF放送だ。当時住んでいた地域では見ることが出来なかった日テレ系が、UHF局で放送されるようになった。 とはいえ、我が家の白黒テレビでは受信できないので、コンバーターと呼ばれる受信機を繋いで見ることになった。参考画像のよう立派な機械ではなく、黒くて薄い箱の上に室内アンテナが生えていた。 箱はテレビの上に置かれ、それまで母親が編んだレースの敷物がなくなって、殺風景になった。 次にやってきたカラーテレビにUHF受信機が内臓されていたかどうか、記憶が定かではない。ただ、台風が来た後、父親がアパートの屋上に上ってアンテナの向きを調整していた時に、UFH用の短いアンテナがついていたのを覚えているので、コンバータの室内アンテナは使っていなかったようだ。 衛星放送が始まって間もない頃、どうしても見たい番組があって、配送を待てずに受信機とアンテナを持ち帰った。アンテナの向きを調整しながら、かつて屋上の父親に向かってベランダから映り具合を報告していた情景を思い出したものだ。 地上波放送がデジタルに切り替わる時、外付けの受信機が活躍することになる。テレビに繋ぐ機械を英語圏ではセットトップボックスと呼ぶが、テレビジョンセットをテレビと呼ぶ日本では馴染めない言葉だ。 そのセットトップが薄型テレビの上にはもはや存在しない。 |
▼UHFコンバータ ▼ソニーKV-1310
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