---ゴーディ・ラチャンス
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昭和30年代生まれに贈るオンラインマガジン
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Update: Apr.2005
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スタンド・バイ・ミー
私は12歳の時の友人に勝る友人を、その後持ったことがない。
---ゴーディ・ラチャンス
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▼スタンド・バイ・ミー
THE BODY:スティーブン・キング著 |
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その同級生は小学校の六年間、ずっと箱の中にいた。 『激動の戦後昭和史』といったタイトルのテレビ番組では、お約束のようにニュース映画の「学校にテレビがやってきた」シーンが紹介される。 昭和40年代に入学した私の場合、すでに学校にテレビはあったが、各教室に一台という環境ではなかった。授業で使う時は生徒が放送室までとりに行ったのだ。 テレビの受像器は専用の木製の駕籠に入れて置いてあった。箱の内側はラシャ張りで両脇に天秤棒が二本生えていた。低学年は4人、高学年は2人で運ぶ。たしか男の子の役目だったように思う。 低学年の時は『たのしい教室』や『はたらくおじさん』等、社会や理科の授業で使う事が多かったが、中学年以降はもっぱら道徳の授業に使われていた。 中山千夏が主題歌を唄う「くちぶえ吹いてー、空き地へ行った(みんななかよし)」や「あいつを初めて知った時 (明るいなかま)」だ。 給食費の袋が無くなったり、幼い兄弟の面倒をみなけりゃいけない子が同級生と一緒に遊べずに仲間はずれになったり。観賞後、感想を語り合う為の教材だったのだと思うが、実際に話し合った記憶は殆どない。 学校のテレビは卒業するまで白黒(モノクロ)だった。 風邪で学校を休んだ時や夏休みに家のカラーテレビで観る教育番組には違和感があったものだ。 大人になって映画『レイダース〜失われたアーク』を観た時、「あっTVの駕籠だ!」と思った。大切なものを運ぶ形は時間も空間も超越する? |
▼駕籠
![]() 『レイダース〜失われたアーク』より |
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