BBS昭和の話題 - 掲示板
昭和30年代生まれに贈るオンラインマガジン
Updated 2009/02/21
スタンド・バイ・ミー
私は12歳の時の友人に勝る友人を、その後持ったことがない。
---ゴーディ・ラチャンス
▼スタンド・バイ・ミー
THE BODY:スティーブン・キング著
夏休みの友 〜お目付役の友〜
40日間の夏休み。今から思えば夢のような境遇だが、 今ひとつ開放感がなかったのは、途中に登校日が三日あったことと、宿題がやたらに多かったせいだ。

学習帳の『夏休みの友』、算数ドリル、漢字ドリル、読書感想文、自由課題といったものに加えて、低学年の時は絵日記が加わった。

主役の『夏休みの友』は学区で異なっていたようで、県内の従姉妹は同じ出版社のものだったが、隣県の従姉妹のは様子が違っていた。ただし、表紙に児童画コンクールの優秀作品が使われているのは同じだった。

基本的に一日一頁で、国語の文章題の場合は見開きの場合があった。主要4教科と副教科で週6ページのローテーションだったと思う。書道、図画各一点の実技が含まれていた。

一頁目は一日のスケジュールを円グラフで作るのが定番で、「お家の方にみてもらいましょう」と書いてあったが、六年生の時は休み前に学校で計画をたてたように思う。もちろん?守れたためしがない。

学習帳のレベルは日頃のテストと同じくらいで、真面目に取り組めば1日15分くらいで終わるものだが、新学期の三日前で七割しか出来てないというのが通例だった。

追い込みでいちばん時間がかかったのは毎日のお天気欄で、今とちがってネットで検索というわけにはいかない。母親と古新聞をもちだして、あの日はこうだったと無駄話をしながら思い出すのだが、〆切に追われているのを別にすれば、楽しい作業でもあった。

小学生最後の自由課題は西部劇の酒場のミニチュアを紙で作った。ワイアット・アープとかドク・ホリデイもいるドールハウスみたいなものだ。最後の数日に慌てて作った記憶はないので、六年間の学習の成果で少し余裕があったのかもしれない。

提出した課題は秋の風が吹き始める頃に戻ってくる。運動会の準備たけなわ。忘れかけた過去からやってきた埃を被った工作は、風化寸前の蝉の抜け殻のように寂しげだったが、その頃は過ぎたことには興味がなかった。
夏休みの友
画像は記憶を元に復刻したものです。


▼目次

教室のテレビ
ハチドリ
スピログラフ
紅茶
石簑
プラッシー
セイタカアワダチソウ
ひみつ基地
肝油ドロップ
あやとり
大晦日の怪獣映画
粉からし
たどん
恐怖まんが
足踏みミシン
土筆
教鞭
冷凍みかんの袋
いげんは饅頭
15パズル
カラスノエンドウ
噴水ジュースと小便小僧
四つ葉のクローバー
ローマ字
灰皿と蚊取り線香
マクワウリ
アイロンの木箱
ラジオ体操
シャービック
老人と子供のポルカ
ミルクセーキの素
自由自在
カルミン
柱時計
粉ふきいも
7up - セブンアップ
プラネタリウム
こたつ
ママと遊ぼう!ピンポンパン
ロイヤルのフルーツケーキ
レコード大賞
タイムカプセル
フタバスズキリュウ
ほうき
ゴルフ
手作りアイスクリーム
フルーツ牛乳
夏休みの友
入道雲とトマト
時報時計
消しゴム
学研ペンシル・サム
徳用マッチ
ドーナツ
UHFコンバータ
駄菓子屋の提灯
ブラックペニーと郵便番号
学習帳
ヒイラギ
大魔神
高等社会科地図
ホットドッグとアメリカンドッグ
玉羊羹

昭和の生活コラム 総合目次>>
昭和のエッセイ集 トップページ>>
昭和30年代生まれに贈るオンラインマガジンリンク・権利等・編集者プロフィールお問い合わせ掲示板
Since 25 Dec. 2001