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昭和30年代生まれに贈るオンラインマガジン
Updated 2009/02/21
スタンド・バイ・ミー
私は12歳の時の友人に勝る友人を、その後持ったことがない。
---ゴーディ・ラチャンス
▼スタンド・バイ・ミー
THE BODY:スティーブン・キング著
マクワウリ 〜キャンベルの友〜
毎年、お盆の時期が近づくと思い出す匂いがある。マクワウリだ。スイカが好物ではない私にとって、マクワウリは夏のフルーツの代表だった。

だった・・と書いたのは、ある頃から他のモノに世代交代したからだ。二代目はメロン。メロンと言ってもフルーツの王様マスクメロンではなくて、王子様のプリンスメロンだ。

プリンスメロンは昭和37年にヨーロッパ種のカンタロープメロンとマクワウリの間に生まれ、皇太子御成婚にちなんでプリンスメロンと名付けられた。王子様にはマクワウリの血が半分流れているのだ。

マクワウリの値段でメロン風味のプリンスメロンが登場してから、マクワウリは我が家の食卓から遠ざかってしまった。今から思えばマクワウリのあっさりした味わいは捨てがたかったのだけど、当時のメロンへの憧れは尋常ではなかった。

昭和50年代に「プリンスメロンの生産量はメロン類の2/3を占めていた」という記録があるので、ブームは我が家だけの出来事ではなかったようだ。けれど、プリンスメロンの味にはマクワウリのDNAが色濃く残っていたので、外来種に勝ったと言えるかもしれない。

そんなプリンスメロンも、小学校を卒業すると影が薄くなっていった。1971年にグレープフルーツの輸入が自由化され、以後、キウイフルーツ等の今まで知らなかった果物が手に入るようになったからだ。

それでも、お盆に両親の実家へ帰省すると、仏壇には相変わらずマクワウリが備えてあり、その傍らには同じく肩身が狭くなった葡萄のキャンベルが並んでいた。それらの匂いは記憶の底の精霊流しの匂いでもある。
▼マクワウリ/真桑瓜

ウリ科キュウリ属
美濃国(岐阜県南部)真桑村(現・本巣市)でよく作られていたので、マクワウリの名前がつけられた。

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▼輸入果実
1960年の輸入量は11.8万トン。70年には118.6万トンになった。


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