石簑 〜外掃の友〜
午後一時に給食の時間が終り、お昼休みが始まるまでの20分間が掃除の時間だった。 机と椅子の移動が始まり、砂埃とチョークの粉が舞いあがる。
後まわしにしていた苦手な食べ物を、慌てて口に詰め込んだ同級生も少なくないはずだ。知育・徳育・体育に加えて食育が厳しかった時代。給食を食べ残す事はもってのほかだった。
掃除箇所の分担は班単位で、教室、お手洗い、廊下、体育館、教科室、図書室等が順番に廻ってくる。楽しみだったのは外掃(校庭周辺)だった。屋内と違ってやり残しが目立たないし、教室に戻らずに昼休みに入れたからだ。
外掃の道具は松葉箒、竹箒、ゴミはさみ、竹を編んだ「ちりとり」。落ち葉の季節を別にすれば、ゴミは殆ど落ちていなかったので楽な作業だった。主なゴミは未舗装路からやってくる砂利や、風で飛んでくる駄菓子の袋くらいだった。
当時のマナーが良かったというより、缶飲料の自販機が無く、瓶はリターナブル(返すと補償金が戻る)の時代で、コンビニの袋も無かったからだろう。
拾い集めたゴミは「ちりとり」でゴミ置き場へ運び、燃えるものは用務員さんが消却炉で焼いていた。今は学校や自治体の屋外清掃に参加すると、ゴミ袋を渡され、そのまま回収に出す。
小学校の掃除用具は棕櫚(しゅろ)箒とワイパーの交代を除けば、基本的に昔と変わらないように見えるが、あの「ちりとり」はまだ生き残っているのだろうか?
道路から校庭に砂利が持ち込まれることも無くなり、本来、土木作業用の「石簑」の出番は少ないように思う。
三年前、三十数年ぶりに母校を訪れたら、周辺の田んぼは全て住宅地になり、校庭の片隅に焼却炉の台座だけが残っていた。