昭和30年代生まれに贈るオンラインマガジン
Update: Jul.2006
スタンド・バイ・ミー
私は12歳の時の友人に勝る友人を、その後持ったことがない。
---ゴーディ・ラチャンス
▼スタンド・バイ・ミー
THE BODY:スティーブン・キング著
アイロンの木箱 〜戦時中の友〜

私の母親は昔の事を良く覚えている。そしておしゃべりだ。家事の傍ら子供の私に色んな話をしてくれたが、毎年、終戦記念日が近づくと戦時中の話になった。

防空壕の上にカボチャを植えた話、グラマン戦闘機に追いかけられて転んで出来た膝の傷跡の話、長崎の原爆のキノコ雲を有明海越しに見た話。

今でも頭の片隅で気になって仕方がないのは、アイロン掛けを手伝いながら聞いた話だ。

ウチのアイロンは家庭科でアイロン掛けを習う頃まで、母親の嫁入り道具の古いモノを使っていた。スチーム機能も温度調節ダイアルもない、文字通りアイロン=鉄。収納箱は木製だった。

その木製の箱をみる度に、亡くなった父親(私の祖父)を思い出すというのだ。戦時中、配給の小麦粉でパンを焼いていたという。その時代の家庭にはオーブン等なかったので、手製のパン焼き器を使ったそうだ。

祖父がアイロン箱を利用して作ったので、箱が無くなって不便だったという。木製のアイロン箱はフタを裏返すと金属製の台がついていて、アイロンが置けるようになっていたのだ。当時のアイロンはお尻を下にして立つようには出来ていなかった。

そして気になったのは「そんなモノでパンが焼けるのか」という疑問。箱の内側にはブリキだかトタンだかを貼って、電線をつないだだけだという。

最近調べてわかったのは、2 枚の平板電極で挟んで電気を流しす「電気パン」と呼ばれる作り方だということ。生地に重曹を混ぜておくと分解して二酸化炭素が発生し、ふっくらと仕上がるらしい。理に適っていたのだ。

小学生時代、家にオーブンが無かったので自家製パンを焼くことに憧れがあった。アイロンの箱を見ると、焼きたてのパンの匂いがするような気がしたものだ。

いつかその箱でパンを焼きたいと思いつつ、アイロンと箱は知らない間に処分され、夢は実現されないまま消えてしまった。

今、手に入れようと思えばネットオークションで簡単にみつかるのだけれど、不衛生という事は脇に置いても、木製の箱にはそれぞれの家庭の想い出が染みこんでいる気がして、パンを焼く気にはならないのだ。
▼アイロンの木箱
アイロンの木箱

▼昭和30年頃のアイロン
アイロン

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