噴水ジュースと小便小僧 〜デパート屋上の友〜
梅雨の晴れ間に夏の陽差しが垣間見える頃。街角の小さな噴水に旬が訪れる。小便小僧と噴水ジュース。高度成長時代の子供にとって、ささやかなオアシスだった。
ベルギーの小便小僧が日本にやってきた時期は定かではない。昭和27年にJR山手線の浜松町駅に寄贈された小便小僧は、提供者の祖父の代からあったそうなので、大正時代には存在していたのだろう。
なぜ、本国でも*由来のはっきりしないモニュメントが、遠く離れた日本でポピュラーなのか?(*小便小僧物語>>)
ベルギーと日本には深い友好関係があり、大正12年の関東大震災時にベルギーから贈られた義援金はアメリカ、イギリスに次ぐ額だった。が、そういった背景とは別に、単純に「日本の狭い坪庭にも置ける異国情緒ある噴水装置」として受け入れられたのではないだろうか?
戦後の復興期に公共の場に多く設置されたのは、華やかな噴水は無理でも、ポンプを必要としない簡素な小便小僧なら予算に納まったからではないか? ラファエロの描く天使を思わせる風貌も、異教の偶像に寛容な日本では障害にならなかったのだろう。
一方、昭和31年に国産初のジュース自動販売機が開発され、36年に*希釈混合型が認可されたことから、コップ販売自動販売機が広まった。その代表が噴水式のドームが上に付いた星崎電機の『街のオアシス』。いわゆる「噴水ジュース」だった。(*ジュースの素と水を販売機内で混合)
一杯10円の味は当時のトリスコンク、今ならコカコーラ系のカップ式ベンダーのオレンジドリンクを濃くした感じだった。昭和45年のチクロ禁止以降、20円に値上がりしたが、10円時代のほうが美味しかったように記憶している。
私のオアシスは福岡市のデパート『岩田屋』の屋上にあった。小便小僧はペットショップ兼庭園用品売り場、噴水ジュースは屋外のプレイランドへ出る手前の階段脇だった。
最後に目にしたのは六年生の夏。お中元の買い物の時だった。小学校卒業と共にデパートを訪れる機会もなくなり、その後『岩田屋』は移転。名残りを惜しむ事も出来なくなり、オアシスは記憶の彼方の蜃気楼となってしまった。