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昭和30年代生まれに贈るオンラインマガジン
Updated 2009/02/21
ココロ模様
洋の東西を問わず、伝統の柄・文様という物があり、それぞれに由緒があります。ある時は時代の記号を背負い、ある時は個人の心の奥深く根ざすこともある。 私の思い出のココロ模様を語りたいと思います。
あなたの笑い顔を不思議なことに今日は覚えていました♪
▼ 心もよう
作詞・井上陽水
作曲・井上陽水
唄 ・井上陽水
唐草
つる草の葉をモチーフにした模様。エジプトで誕生し、西アジアからシルクロードを経て日本に伝来しました。 忍冬、葡萄、菊等の種類があります。

最初の出逢いは『明治クリームキャラメル』のパッケージ(確認したらスズランで唐草ではありませんでした・・)。あとは、東京ぼん太のジャケットだったり、食器のナイフやフォークの柄の彫刻だったり。

さて、 私のココロ模様は『資生堂・ドルックス』。母親の鏡台の上にはドルックスの化粧水、乳液、マッサージクリームが置いてありました。そのパッケージに描かれていたのが唐草模様。 花椿会の会員だったので、同様の柄の手鏡(景品)もありました。

ドルックスの柄をデザインしたのは、山名文夫さん(1897〜1980)。新潮文庫の葡萄のマーク、資生堂の花椿マークも山名さんの作品です。アールデコ調のデザインには共通の香りがあります。

子供の頃に大好きだった『おかあさん』という曲に、「おかあさんて いいにおい せんたくしていた においでしょ しゃぼんのあわの においでしょ」という歌詞がありますが、私の“おかあさんのにおい”はドルックスの香りでした。
04.06.05


春彩

▼ドルックス
1932年(昭和7年)に資生堂の最高級品として誕生。戦時中は生産中止、昭和26年に復活。以来、価格が据え置かれた為、現在はスタンダードな商品として根強い人気がある。
籠目紋
竹を用いて編んだ籠の網目を紋様化したもの。六芒星とも呼ばれ、伊勢神宮の石灯籠に刻まれている。ダビデの星も同じ形。

最初の出逢いは、従姉妹とレンゲを摘んだ時のカゴ。あとはカゴメのマークだったり、一筆書きの星だったり(頂点が八つで、いろはにコンペイトウといいながら描いた)。

さて、 私のココロ模様は『人造ダイヤ』。小学生の時、母親の壊れたブローチを貰って大事にしていました。人造ダイヤと呼べるような代物ではなく、一目でわかる安物でした。紫陽花の花を模して小さなダイヤが沢山ついてて、それがいくつか外れてしまってたのでした。カットもブリリアントなんて程遠く、目で数えられる位。裏には金メッキが施してありました。

難しい話をすると、ダイアは屈折率が高く、上手くカットすると入った光は外へ逃げずに内部で何回も反射して輝きます。模造品は鏡のように裏に反射材を塗らなければ輝かないのです。

そんな壊れた安物でも、綺麗なのが嬉しくて時々引き出しから取り出しては眺めていました。本物を手にとって見たのは大人になってからです。当然ながら裏のメッキはありません。「本物のダイヤってこんなに綺麗なんだ」と、引き込まれるように見入ってしまい、しばらく言葉を失いました。
04.06.05




▼カゴメ
創業者の蟹江一太郎は、日本陸軍が使っていた五芒星を商標にしようとしたが、当局から却下され、六芒星にかえて許可を受けた。形が日本古来の文様「籠目(かごめ)」と同じなので、「カゴメ」を商品名に使うようになった。
青海波(せいがいは)
波を交互に重ねた伝統模様。由来は舞楽の「青海波」の衣装の文様に由来するといわれています。

最初の出逢いは鯉のぼり。幼稚園の工作で作ったものでした。あとは、ひょこりひょうたん島の海だったり、シスコのエースコインの古銭の柄、鰹ダシの袋だったり。

さて、 私のココロ模様は『龍のウロコ』。東京オリンピックの年に、父親の用事と旅行を兼ねて一家で上京しました。 日光の東照宮まで足を伸ばしたのですが、境内へ昇る石段の脇で、龍の絵の実演販売をやっていました。

一筆描きなのですが、その手並みが見事としかいいようがありませんでした。幅の広い平筆に何色もの絵の具を付け、紙の上を小刻みに震わせながら一気に描き上げる。するとそこには見事なウロコが表現されていました(頭と手足や玉はあとで描き加える)。

私は食い入るようにのぞき込み、しばらくその場を離れようとしませんでした。 家に帰ってから、早速真似してみたのですが、 これが結構上手に出来て嬉しかった思い出があります。以後、何の役にも立たなかったのですが。
04.05.15




▼青海波
原形はササン朝ペルシャまで遡る。
元禄時代の漆職人・青海勘七が、特殊な刷毛でこの文様を描いた事に由来するともいわれる。
フラクタル
部分と全体の自己相似性。ベノア・マンデルブロが作った概念。どこまで 分解しても元の図形と同じ形をしている図形を“フラクタル図形”といいます。

最初の出逢いは雪の結晶。38豪雪の朝だったと思います。雪が積もったのを見たのはこのときが初めてで、タータンチェックの時に書いた紺色のジャンパーの上に雪の結晶が舞い降りて来ました。母親と手をつないで幼稚園へ向う途中、親子共々滑って尻餅をついた記憶があります。

さて、 私のココロ模様は『マトリョーシュカ』。ロシアの入れ子の人形です。昭和41年、『大怪獣空中戦 ガメラ対ギャオス』と併映の『小さい逃亡者』という映画に出てきました。 主人公の少年は、モスクワの病院に入院している父親に会いたくて、来日していたボリショイサーカスの荷物にまぎれてソ連へ密航します。入院中の父親に会いに行き、別人に引き合わされるという設定が、当時気に入っていたアミーチスの『クオレ』の中に出てくる『ちゃんの看病』に似ているなと思った記憶があります。

その少年が持っていたのが、願いの叶うマトリョーシュカ。困った時に願いをかなえる度に小さくなっていくのですが、中から同じ物が出てくるのが不思議でした。
04.05.06




▼小さい逃亡者
監督:衣笠貞之助/出演:稲吉千春/安田道代
日ソ合作。

▼クオレ(愛の学校)
エドモンド・デ・アミーチス作
作中に今月の話というのがあり、
「母をたずねて三千里」はこの一つ。
ストライプ
縦縞。横方向の縞柄はクロス・ストライプですが、ボーダー(横方向の柄の総称)と呼ぶことが多いようです。

最初の出逢いは床屋さんのケープ? 今の美容院は男女混浴状態?ですが、昔の未就学児は美容院、床屋さんのどちらにもお世話になったものです。床屋さんの料金は100円だったのですが、100円を渡すと、お釣りに10円玉を握らせてくれて(良い時代だった)、帰りに今川焼きを買うのが楽しみでした。あとは、『おそまつくん』のデカパンだったり、レナウン・イエイエのパンタロン、桃屋『花らっきょ』の三木のり平の旅姿だったり。

さて、 私のココロ模様は『紙テープ』。2歳から3歳までの間、離島に住んでいました。毎年(といっても経験したのは2回ですが)三月末の進学や転勤の季節になると、別離は港で迎えることになります。危険、ゴミになるということで後に禁止されたように思いますが、当時は船出といえば紙テープでした。 私の記憶では、送る側が待合室の売店で買って、船のデッキ上の相手に向かって投げていたようです。で、お互いに端を握って別れを惜しむのです。

色とりどりのテープの縞模様が夢のように綺麗でした。私は投げさせて貰えず、他人のテープの途中を握って叱られた思い出があります。以後しばらく、紙テープというモノは船出の為にあるのだと思っていました。

実をいえば、船の別れは想像するほどロマンチックじゃありません。 船はいつまで経ってもたいして進まないんですね。手を振ってた人たちも、そのうち疲れて所在なげになってしまう。いつ止めればいいのか解らない、馴れないうちのキスみたいなもんです。
04.05.01



▼ストライプ
ロンドン
ヘアライン
ピン
ペンシル
チョーク
マルチ
オルタネイト
ヘリンボン
タータンチェック
スコットランドの氏族を現すための紋章。日本の家紋のようですが、分家すると新しいパターンを持つので、現在、800種類弱あるそうです。

最初の出逢いは、幼稚園児の時の紺色のジャンパー。裏地が赤のタータンチェックでした。たいそうお気に入りで、冬が来るのが楽しみでした。シーズンが始まる日の、ドライクリーニング薬とナフタリン(ウールは使って無かったと思うのですが・・)の匂いは今でも鮮明に憶えています。その後はバタースコッチ(ライオネスコーヒーキャンディの姉妹品)の袋や、キットカットのCMに出てくるバッキンガム宮殿の衛兵だったり、S! A! T! U! R! D! A! Y! NIGHT!のベイシティローラーズだったり。

さて、 私のココロ模様は『グリコ・ワンタッチカレー』。辛口の黄色のパッケージです。私は辛いのが好きで、バーモントカレーは嫌でした。お店で食べるやつにはジャガイモが入ってないのに気が付いて、母親に「甘くなるから入れないでくれ」と頼みましたが、栄養が偏るからと却下されました。夢が実現したのは自分で作るようになった小学校高学年の時です。その頃はハウスジャワカレーでしたが。

先日、スーパーでレトルトのワンタッチカレーを売っていたので、懐かしくなって買ってみました。食べてみると記憶にある味と違い、レトルト独特の風味が勝ってて・・?・・でした。通販でワンタッチカレーが入手出来るようですが、思い出は下手にほじくり返さないほうが良いかも知れませんね。
04.04.28



▼ワンタッチカレー
1960年(昭和35年)に発売。
薄いプレート状で折ってそのまま鍋に入れても溶けるのが好評だった。チョコレートの製造設備を活用したという。
1960年には、かおり袋・からみ袋付きとなった。
麻の葉
日本の伝統模様。麻の葉の成長が早い事から、赤ん坊の産着に使われます。また、魔除けになるとも言われます。

私の最初の出逢いは産着。さすがに記憶はありませんが、写真で見る限り、プリントではなく縫い取りでした。祖母が手鞠を作るのが趣味だったので、その柄の記憶もあります。子供の頃、ウチの整理箪笥の上は人形ケースになっていて、土産物やフランス人形と並んでいた薩摩切子のグラスもこの模様でした。

さて、 私のココロ模様は『折り紙』。紫陽花の花のように折って、両手の親指と人差し指にかぶせて開いたり閉じたりする、占い遊びです。指定の回数、開閉したあとで開いて、中に書いてある文を読む。小学校高学年の頃に流行りました。当時は男女並んで座っていたのですが、授業中に隣の子と遊んでよく叱られたものです。一度折ったあと開いて折り目の間に文を書くのですが、折り目がこんな模様になるのでした。(注:実際には麻の葉とは違います。)

当時の他愛ない遊びは、おそらく口コミだけで伝わったのだと思いますが、大人になって思い出話をすると、同時期にやっていたものが多いのに驚かされます。ローカルルールのバリエーションが多いのが、今のTVゲームと違うところですね。
04.04.23



あそび方>>
螺旋
スパイラル。2重螺旋のDNAが反応するのか?不思議な感覚を呼び起こします。

私の記憶に残る最初の出逢いはメリーゴーラウンド。といっても遊園地にあるやつではなく、天井に吊って赤ん坊をあやすオモチャです。実際に記憶があるのか、あとで写真を見て憶えてると錯覚しているのか定かではありません。図形としての記憶は、あやふやではありますが、NHKの朝のTV小説「うず潮」のタイトルバック。その後は、学校の先生が描いてくれるハナマルだったり、虫歯の大敵・不二家ノースキャロライナだったり・・

さて、 私のココロ模様は『蚊取り線香』。子供の頃の夏、ウチでは夕食が済むと蚊帳を吊ったものでした。蚊取り線香も焚きます。組み合わさった二つの螺旋を折らないようにそっと剥がすのが楽しみでした。蚊帳越しに見たTVの画面には紗がかかり、おぼろな記憶は除虫菊の香りに包まれています。

渦巻きといえば、今キーボードを叩いている私の手の指紋は小指を除いて渦を巻いています。亡くなった父親は全部渦巻きでした。私の娘が生まれたとき、父親は何が何でもメリーゴーラウンド(私が赤ん坊の頃、たいそう喜んだらしい)を贈ると譲らず、母親と揉めたそうです。父親のココロ模様だったのかも?
04.04.17



▼指紋
日本人が 50%が渦巻き、40%が蹄状紋、10%が弓形。10指均等に出現すると仮定すれば、全部渦巻きの人は約1000人に一人ということになる。

▼うず潮  64.4〜65.4
原作: 林芙美子
出演:林美智子/日高澄子/津川雅彦
トリコロール
仏語でフランスの国旗。三色旗。3 色の。

…クレヨンの 長さではかる 想いの丈…(朱夏)

幼稚園の年少時代、私のクレヨンは青と黄色と黒ばかり減っていきました。それは幼稚園の側を通る私鉄の急行電車を描くためでした。というのも、それまで離島に住んでいたので、電車という物を生まれて初めて見てすっかり気に入ってしまったからです。それ以降は、好きなTVアニメのキャラクターに左右される事となります。もっとも、当時はモノクロなので色は雑誌等を参考に想像して塗ったのですが。

私の記憶に残る最初の出逢いは、3 色パン。幼稚園のお弁当の時間にパンやさんが売りにくるのです。駅前という立地のせいか商店の子供が多く、弁当を作る暇のない家庭の為に配慮していたのだと思いますが、他人の食べているものが羨ましく思える年頃(今もか?)故、時々買って食べて記憶があります。私は食い意地が張ってるせいか、食べ物を選ぶときになかなか決められなくて、チョコ、ジャム、クリームが一度に手に入るこれはお気に入りでした。

さて、 私のココロ模様は『三毛猫』。といっても本物を飼うことは許してもらえず、焼き物の『招き猫』でした。3 色パンと同じ頃、これを縫いぐるみのように可愛がっていたのですが、なにしろ貯金箱用に作られた素焼きなもので、落とすと簡単に割れてしまいました。半紙を洗濯糊で貼って修理するのですが、そのうちどうにもならなくなって、同じ物を何度も買ってもらいました。いまだにお金が貯まらないのはそのたたりかも?
04.04.15


▼招猫
招猫倶楽部>>

▼何故、3 色セットで減ったのか?
想像するに、図柄は総て4色で塗り分ける事ができるという定理に関係があるのでは?3 色と紙の白の4色があれば事足りるわけで、当時のキャラクターはフルカラー印刷が使えなくて3 色だった? んなわけないか…
水玉模様
英語ではドット。水色に限るわけでもあるまいに、水玉模様と呼んだことで何とも愛らしいイメージがあります。

私の記憶に残る最初の出逢いは、母親の夏のワンピース。たしか、3才になったばかりの夏だったと思いますが、思い出はモノクロームになってしまい、今となっては何色だったか思い出せません。その後は、明治のヨーグルトキャラメルのパッケージ。

さて、私のココロ模様は『カルピス』の包装紙 。実をいえば、カルピスはあまり好きではありません。嫌いではないけれど飲んだあとで水を飲む。何のための清涼飲料だか・・ 

私が好きなのは、小学生の頃にTVCMで刷り込まれれた「暖かいお部屋で冷たいカルピス」。(ジミー・オズモンドが)暖炉の前で飲む、そのイメージです。北欧を舞台にしたアニメ、『ムーミン』と相まって、(その前は『どろろ』だった事はこの際忘れる事にしよう…)お洒落なイメージがあるのです。 私の好きな、オードリー・ヘップバーンに良く似合いますし。
04.04.13


▼dot
大きめのものはコインドットと呼ばれる。
千鳥格子
英語ではハウンドトゥース、若しくはドッグトゥース。基本のモチーフが
犬の牙の形をしてるからだそう。なんて無粋な…。千鳥格子は名訳だと思います。

私の記憶に残る最初の出逢いは、小学校の入学式に着たスーツでした。千鳥格子はウールに使われる事が多いのですが、私は毛織物が肌に触れるのが苦手で、入学式の時の写真が不機嫌なのは勉強が嫌いだったせいではありません…?

さて、私のココロ模様は『タミーちゃんのママ』 。たしか、8才の誕生日に買ってもらったと思います。当時、販売されていた着せ替え人形は、『バービー(MATEL)』、『タミー(IDEAL)』、『マーガレットちゃん(中島製作所)』。『リカちゃん(タカラ)』はまだ発売されていませんでした。

何故、タミーちゃんではなくて、ママだったのか?バービーはケバくて、タミーは子供っぽく、上品なママが良かったのです。そのママが着ていたのが千鳥格子のスーツ。この柄は基本がモノトーンなので一見、無難に見えますが、一つ間違うとあか抜けない印象になりがちで、上品に着こなすのは難しい。その千鳥格子がよく似合っていました。

数年前、実家が改築する時に、私が3才の頃のショートコートが出てきました。その柄も千鳥格子。母親のココロ模様だったのかも知れません。
04.04.10


▼hound's check
日本では千鳥が飛んでいる姿に似ているからこう呼ばれる。基本は黒と白、または茶と白。
大柄のものはエトワール、またはスター・チェック。
ギンガムチェック
その名は知らなくとも、誰しも一度は目にしたことがあるでしょう。私の記憶に残る最初の出逢いは、幼稚園の上履きの袋でした。同世代の女性であれば、この柄のブラウスやエプロンには馴染みが深いと思います。

私のココロ模様は、『小さな恋のメロディ』のトレーシー・ハイドが着ていたブルーのギンガムチェック。たしか、学校の制服だったと思います。メロディの通う学校はパブリック・スクールで、英国では公立ではなく私学のことを指すそうです。紺のブレザー、ハイソックス、横長のランドセル。ずいぶんお洒落だなと思いました。

真似して買った半袖のコットンシャツは三年間、色あせるまで着ていました。 今でも毎年、若葉の季節になると ビージーズの曲とともに、この模様を思い出します。こればかりは若くないと着れないのが残念です。
04.04.04


▼gingham check
本来は、染糸と晒糸を用いた格子柄。
平織の格子柄もこう呼ばれる。
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