昭和30年代生まれに贈るオンラインマガジン
Update: Oct.2007
忘れモノ 〜歌の古道具〜
そのへんの記憶がどうも定かじゃないのよね♪
▼忘れ物
作詞・森高千里/作曲・斉藤英夫

超特急:はしれちょうとっきゅう 1967

昭和42年1月、NHK『うたのえほん』で放送。

ビュワーンビュワーンはしる あおいひかりのちょうとっきゅう♪

現在、日本に超特急という列車は存在しません。東海道新幹線が誕生したときに、「ひかり」を超特急、「こだま」を特急として料金に格差を設けましたが、1972年3月に差がなくなり、超特急は無くなりました。

東京オリンピック開催に合わせて開業した超特急ですが、それを意識してか、もう一つの「超」が生まれました。「ウルトラC」です。NHKのアナウンサーが体操競技の実況で使いました。当時の技の難度はA、B、Cで、それを超える意味での造語です。

「ひかり」号はこれ以上の速度の物はないという意味で、秀逸なネーミングだと思います。それを台無しにした愚行が「のぞみ」です。

じそく二百五十キロ すべるようだなはしる♪
記録は塗り替えられる運命にあります。最速の「ひかり」を超える列車は直球勝負を避けて「のぞみ」と命名されましたが、いずれ 「のぞみ」を超える列車が登場します。手詰まりを先延ばしにしただけです。

だけど 大きくなっても めだかはめだか スイスイ♪
「のぞみ」ちゃんが唄ってるじゃないですか。 早くなっても「ひかり」。常に最速列車を「ひかり」にして、格下を「のぞみ」「かなえ」「たまえ」と改名すれば良かったのです。

「のぞみ」の命名は名称決定会議に招かれた阿川佐和子が父(阿川弘之)のアドバイスを受け、候補の「希望(きぼう)」を「のぞみ」と読み変えてはどうかと提案したのが採用されたのだそう。

「ひかり」の上に「のぞみ」を置いたことで、リニアモーターカーは「見栄晴」しか選択肢がなくなりましたよ、阿川さん。


《余談》
*私はノーアイディアだったから列車好きの父に相談したところ、「一つだけ言っておく。日本国鉄の列車の名前は歴代すべて大和言葉でつけられてきた」
というのが阿川弘之の伝言。
(*阿川佐和子のこの人に会いたい〜週刊文春2007年3月15日号より引用)

マニアでなくとも漢語の列車はいくらでもあげられるし、歴代という言葉の使い方にも違和感がある。阿川佐和子の記憶違いか、記者の誤記?

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▼はしれちょうとっきゅう
作詞・山中恒/作曲・湯浅譲二
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▼うたのえほん
1961年4月〜1966年3月/NHK総合
1966年3月から『おかあさんといっしょ』に併合


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