五木ひろしのヒット曲。
祭りも近いと汽笛は呼ぶが
洗いざらしのGパンひとつ♪
1960年代に若者の間で普及したジーンズ。演歌に登場したのはこれが初めてだったと思います。
歌詞の意味は、「田舎を離れて都会で暮らしている私は、里心がついてもGパンひとつじゃ故郷に錦は飾れない」といったところ。普段着としてのジーンズが、年齢層の高い演歌ファンにも認知されたという事でしょう。
米国の三大メーカー、【リーバイス】、【リー】、【ラングラー】が日本上陸を果たし、国産メーカーが出そろった時期でした。TV広告はラングラー、エドウィンの露出が多かったように思います。
ちなみに、私が中〜高生時代に持っていたデニムのパンツは、【ビッグジョン】ストレート&ベルボトム、【カクタス】ブラック・ベルボトム、【ボブソン】ベルボトム、【ラングラー】ホワイト・スリム、【エドウィン】ブリーチ・バギー、【リーバイス】501&ブーツカット(購入順)。当時の制服通学組としては、こんなものでしょう。
カジュアルの記号として、ブルー・デニムをあしらった文具やサンダル、バッグ、時計のバンドも流行っていました。
社会的に認知された証拠に、74年に立ち上げられたレナウンのミドル向けカジュアルブランド【シンプルライフ】の広告では、モデルのピーター・フォンダがソフトデニムの*サファリ・スーツを着ていました。
(*兄貴分の【ダーバン】にも同様のジャケットがあった)
Gパンの語源は、進駐軍のGI(ジーアイ)が中古品を放出したことから、「GIのパンツ」が転訛したと言われます。コカコーラが「コークと呼ぼう!」と叫んでも根付かなかったように、エドウィンがいくら「ジ〜イイイ〜ンズ♪」と歌っても、ジーンズと呼ばれるまでには時間がかかりました。
『ふるさと』の発売は1973年7月15日。ドラマ『太陽にほえろ!』にジーパン刑事が登場したのは同じ週の金曜、7月20日でした。どちらもジーンズではなくGパンなのが時代を物語っています。
《余談》
当時、老けて見えた「五木ひろし」は25歳。今の「ほしのあき」より年下です・・