海援隊のヒット曲。
「お母さん、今、僕は思っています」
荒井由実がファーストアルバム『ひこうき雲』で歌謡曲から生活の匂いを消して見せた年、リアルな博多の生活臭を漂わせた曲がヒットしました。ニューミュージックという名の演歌、『母に捧げるバラード』です。
母親の呼び方は世代や年齢、性別で変化します。ママが一般化したのは1960年代で、四方晴美のチャコちゃんシリーズの第一作『パパの育児手帳』(62年)ではママと呼んでいました。
歌謡曲でいえば、梓みちよの『こんにちは赤ちゃん』(63年)の頃です。
私は「おかあさん」派ですが、63年生まれの弟は「ママ」と呼んでいました。中学生になると「おかあさん」に変わりましたが、そこが男性と女性の違いで、男の子は思春期を迎えるとTPOで使い分ける度合いが大きくなります。
家では
「おかあさん」でも、外では「おふくろ」。「ママ」で通すには相当の覚悟が必要です。
男性歌手が「ママ」と歌うことは希で、前年にヒットした『ママに捧げる詩』を歌っていたのは、欧米人の少年ニール・リードでした。
『母に捧げるバラード』では、モノローグは「お母さん」なのに歌詞は「おふくろ」、題名は「母」。おそらく、武田本人は無意識だと思いますが、家庭内、人前、公式と使い分けています。
さらに言えば、母親のセリフでは「母ちゃん」で、幼い頃は「母ちゃん」と呼んでいたのでしょう。「おふくろ」に変わったのは青年特有のバンカラな照れがあったのでしょう。
時代はニューミュージック黎明期でしたが、「おふくろ」と「母ちゃん」が正直に同居する『母に捧げるバラード』は、フォークソング時代末期の優しくもバンカラな雰囲気が薫る曲です。