Oh! 〜昭和40年代 歌のお姉さま図鑑〜
最初は好きだと思わなかった♪ 小学生の頃、十も年上のお姉さんはオバサン。いけないことだと言われていたの♪ティーンエイジャーの頃、 十も年上のお姉さんはとうの立った存在だった。あの頃のお姉さんの年齢を遙かに超えた今、漸くその魅力に気がついたのである。 二度が三度にたび重なって好きになったのあなたのことを♪ | ▼ 『ポケットパンチOh! 』![]() |
Oh! モーレツ: しばたはつみ/1969年
1974年、「合鍵」でレコードデビューした【しばたはつみ】。9才で米軍キャンプで歌い始め、20才の時に渡米してショービジネスの舞台に立つまでの間に、数々のCMソングを歌っている。丸善石油の『OH! モーレツ』もそのひとつ。芸名は「はつみかんな」〜「麻まにか」だった。 子供時代の思い出話から離れてしまうが、しばたはつみの名前を知ったのはTBSの「サウンド・インS」に出演するようになってからだ。日本人離れした歌唱力のある人だなと思った。 1977年には「マイ・ラグジュアリー・ナイト」が大ヒットして「紅白」に出場、一気にポピュラーになった。 『マイ・ラグジュアリー・ナイト 』は、別の意味でエポックメイキングだ。これは、東洋工業(現MAZDA)の乗用車『コスモAP』のCMソングだった。 当時はオイルショックに続く排出ガス規制下で、乗用車にとって冬の時代だった。各社、エンジンのパワーダウンを余儀なくされるなか、マツダのロータリーエンジンだけが立ち直りが早かった。 そのフラッグシップが『コスモAP』。高級セダンではなくパーソナルなラグジュアリークーペを先頭に立たせたのが東洋工業の心意気だった。CMは夜会服で会場に乗り付けるというイメージだったと記憶する。ちなみに、来生たかおの初のヒット曲でもあった。 さて、『Oh! モーレツ』は高度成長時代が終焉を迎え、そのシンボルである万博を翌年に控えた時期に、高性能ガソリンのCMとして放送された。 時代はすでにモーレツではなく、 数年後にオイルショックを迎え、やがてハイオクタンガソリンも姿を消してしまう。小川ローザのパンツは元気だった60年代が咲かせた最後の徒花だったのだ。 | ![]() CD商品情報>> ▼しばたはつみ 1952年4月11日東京生まれ。 両親ともにジャズミュージシャン。 11歳で「スマイリー小原とスカイライナーズ」の専属歌手となる。 INDEX 山本リンダ じゅんとネネ 黛ジュン ピンキー(今陽子) 奥村チヨ しばたはつみ ちあきなおみ 辺見マリ 平山三紀 大信田礼子 欧陽菲菲 朱里エイコ 昭和歌謡曲目次>> 昭和のエッセイ集>> |