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昭和30年代生まれに贈るオンラインマガジン
Updated 2009/02/21
Oh!  〜昭和40年代 歌のお姉さま図鑑〜
最初は好きだと思わなかった♪ 小学生の頃、十も年上のお姉さんはオバサン。いけないことだと言われていたの♪ティーンエイジャーの頃、 十も年上のお姉さんはとうの立った存在だった。

あの頃のお姉さんの年齢を遙かに超えた今、漸くその魅力に気がついたのである。 二度が三度にたび重なって好きになったのあなたのことを♪
▼ 『ポケットパンチOh! 』
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雨の御堂筋: 欧陽菲菲/1971
1967年に台湾でデビュー。69年にスカウトされ、71年に『雨の御堂筋』で日本の歌謡界にデビューした【欧陽菲菲/オーヤン・フィーフィー】。

『雨の御堂筋』は日本レコード大賞新人賞を受賞。翌72年にはNHK『紅白歌合戦』に初の外国人歌手として出場した。

こぬか雨降る御堂筋♪

当時の歌謡曲に出てくる地名は県名、県庁所在地、有名な観光地等。前年に国鉄の『ディスカバージャパン』キャンペーンが始まったとはいえ、地方在住の小学生には御堂筋がどこにあるのか見当もつかなかった。

「京都〜大原〜三千院〜♪」と説明してくれなくては、いきなり「アメリカ橋って知っていますか♪」と切り込むには情報が少ない時代だった。おそらく大阪万博のお陰で「御堂筋は全国区となった」との判断があったのだろう。

『雨の御堂筋』は外国籍の歌手が歌う歌謡曲として最初のビッグヒットだった。それ以前に、アーサー・キットの『ショー・ジョー・ジ(Sho-Jo-Ji)』、ダニエル・ビダルの『オー・シャンゼリゼ』、 ベッツィ&クリスの『白い色は恋人の色』等があったが、メジャーにはならなかった。

欧陽菲菲がオーヤン・フィーフィーとしてデビューしたのも印象的だった。李香蘭や應蘭芳はあくまで日本流の音読みで、ネイティブに近い発音で読ませたのは彼女が初めてだろう。

しかし、ファン・イーツンやサイ・ミーミーが続くが定着せず、テレサ・テン、マーガレット・ポーといった、アグネス・チャン式になってしまった。

さて、欧陽菲菲本人だが、スタイル抜群で色気もあったが、当時流行った薄手の化繊のパンタロンとブラウスが、12才のボクにはケバ過ぎて(和田アキ子も似たようなファッションだった)敬遠していた。

彼女は最近でも相変わらずの歌唱力とスタイルで、惜しい事をしたと後悔(何を?)している。

貴方を偲んで南へ歩く♪


《余談》
『雨の御堂筋』の中国語版のタイトルは『雨中徘徊』。 なんだかなぁ・・

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▼雨の御堂筋
作詞・林春生/作曲・B.Bogle, M.Taylor, D.Wilson G.McGee, J.Durrill/唄・ 欧陽菲菲
▽歌詞を検索する>>

▼欧陽菲菲
O'YUNG FEIFEI 1949年台湾生まれ。
プロ野球の王貞治に次いで台湾国民栄誉賞を受けている。

▼ファン・イーツン
方怡珍
1973年、『ウォー・アイ・ニー』で日本デビュー。
あなたとわたしの間に何がある
海 空 それとも言葉の違い♪


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