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昭和30年代生まれに贈るオンラインマガジン
Updated 2009/02/21
スクリーンにチェリオ!
1970年代の映画鑑賞記。
当時の映画館でよく飲んだのはチェリオ(乾杯の意)だった。
記事は公開時の記憶を元に書いたものです。

使用した画像はアマゾンアソシエイトプログラムの掲載許諾を受けています。 配布や再掲載は禁止されています。
帰って来たドラゴン | 1974年5月鑑賞
ブルース・リーの『燃えよドラゴン』のヒット以降、多くの香港製アクション映画が上映された中の一本。同時上映は『ダーティハリー2』。

【あらすじ】

暗黒街のボス、イム・クン・ホウの持つ至宝《シルバー・パール》を狙うゴールデン・ドラゴン(ブルース・リャン)と功女・ミアオ(W・W・ツェー)。用心棒として雇われたブラック・ジャガー(倉田保昭)との壮絶な死闘が繰り広げられる。


『帰って来たドラゴン』というタイトルに観客が期待しているのは、ブルース・リーがスクリーンに帰ってくることだが、当然ながら故人が帰ってくるなずがなかった。

当時の*空手映画ブームは凄まじく、『燃えよドラゴン』公開時に既に他界していたブルース・リーの未公開作品がわずか数本だったこともあり、需要に供給が追いつかない状態で、急遽買い付けられた香港映画は玉石混交だった。
(*当初はカンフー、クンフーという呼び方はしていなかった)

『帰って来たドラゴン』は数少ない《玉》で、ブルース・リャンと倉田保昭の息をもつかせぬエンドレスアクションに目を見張ったものだ。壁と壁の間に手足をつっぱってよじ登る《壁虎功》というアクションは、後のTV番組『筋肉番付』のSASUKEのステージに取り入れられている。

『帰って来たドラゴン』は、当時の日本では無名だった倉田保昭を一躍有名にした。凱旋帰国した倉田はTVドラマ『闘え!ドラゴン』に主演、『Gメン'75』のレギュラーメンバーとなった。

NHKの連続TV小説『オードリー』の香港で成功した日本人役者、タイガー・ウォンのモデルは倉田保昭ではないだろうか?


《余談》
アジア映画に馴染みのなかった時代、役者の風貌が日本の芸能人や知人に似ているだけで笑えたものだが、ブルース・リャンは野村真樹(野村将希)や原田大二郎に似ていた。
▼帰って来たドラゴン
帰って来たドラゴン
Call Me Doragon/1973
監督:ウー・セイ・ユーエン
出演:ブルース・リャン、倉田保昭
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▼闘え!ドラゴン
戦えドラゴン
1974/7/2 〜 1974/12/24
東京12チャンネル
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▼劇場公開映画・目次
73 ウエストワールド
73 スコルピオ
74 燃えよドラゴン
74 スティング
74 帰ってきたドラゴン
74 ドラゴン危機一発
74 エクソシスト
74 ダラスの熱い日
74 小さな恋のメロディ  再映
74 ペイネ愛の世界旅行
74 ペーパームーン
74 イルカの日
74 追憶
74 暗黒街のふたり
74 大地震
74 ドラゴン怒りの鉄拳
74 ドラゴン世界を征く
74 電撃ストーナー
74 エマニエル夫人
74 個人生活
74 空手アマゾネス
75 破れ太鼓  再映
75 グリーン・ホーネット
75 ザッツ・エンタテインメント
75 アメリカン・グラフィティ
75 タワーリング・インフェルノ
75 七人の侍 再
75 デルス・ウザーラ
75 ドラゴンへの道
75 ドーベルマン・ギャング2
75 若い貴族達 13階段のマキ
75 アラン・ドロンのゾロ
76 ハリーとトント
76 ヤングフランケンシュタイン
76 風と共に去りぬ 再
77 がんばれ!ベアーズ
77 ダウンタウン物語
77 人間の証明
77 エデンの東(再)
77 サイレント・ムービー
77 幸福の黄色いハンカチ
78 自転車泥棒
78 死亡遊戯
78 男はつらいよ・噂の寅次郎

▽テレビ放映・目次
70 喜劇・男は愛嬌
71 大脱走
72 ボクいかれたヨ!
72 80日間世界一周
73 激突!
73 死刑台のエレベーター
74 タイタンの逆襲
75 猿の惑星
76 サウンドオブミュージック

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