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昭和30年代生まれに贈るオンラインマガジン
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Update: Apr.2004
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愛情モノ語り
お守りのように 大切にしていたの♪
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▼ 愛情物語
作詞・康珍化/ 作曲・林哲司/唄・原田知世 |
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我が家へTVがやって来たのは昭和37年。その日の記憶はない。それまでTVというモノに触れる機会が少なく、心待ちにしていたわけでは無かったからだ。 ナショナルの12吋(インチ/当時はこう表記した)、4本のねじ込み式の脚がついたモノだった。真空管式で電源スイッチを入れてもすぐには映らず、白黒で音声はモノラル。今のTVには付属していないイヤホーンがついていたのは、夜が静かな時代だったからだろう。 この年に始まった、記憶に残る番組は『咲子さんちょっと』『隠密剣士』『てなもんや三度笠』『ベン・ケーシー』『コンバット』『シャープさんフラットさん』。レコード大賞は橋幸夫・吉永小百合の『いつでも夢を』。 国産初のアニメーション『鉄腕アトム』の放映開始は翌38年の元日だった。 当時はTV用品として今では考えられないモノが売られていた。画面を大きく見せる器具と白黒をカラーに変えるフィルターだ。一時期よく見かけたパソコンモニター用フィルターのような器具だった。 前者は樹脂の平面レンズ。後者は透明の板に三色旗のように赤青黄のフィルムが張ってあり、画面に色がつくというモノだった。後に大流行したインベーダーゲームがカラー化される以前に、この手法が使われていた。 カラー放送を初めて見たのは昭和40年。知り合いの医者の家にカラーTVがあり、『ジャングル大帝』を放映していた。我が家にやって来たのは昭和43年。ソニートリニトロンの13インチ。モダンなデザインだったが、キャビネットは木目柄だった。 当時、カラーTV受像機は大型で家具調のものが脚光を浴び、メーカーは豪華さとカラー技術を競っていた。思いつくままに挙げてみると・・ ナショナル:嵯峨/パナカラー 東芝:名門/ユニカラー 三菱:高雄/ネオカラー サンヨー:薔薇/サンカラー 日立:キドカラー(ポンパ) NEC:太陽 ゼネラル:王朝 コロムビア:世界 咄嗟にこれだけ思い出せるほど、CMに力が入っていたということだろう。特に印象に残っているのは、日立『キドカラー』のキャンペーンで飛行船が全国をまわったことだ。小学校の教室の窓から見た記憶がある。 この頃UHF放送が始まったが、チューナーは内蔵されていなかったので、コンバーターなるものをキャビネットの上に載せて受信していた。当時住んでいた地域には、朝日、TBS 、フジ系列の放送局はあったが日テレ系はなく、開局したUHFで『タイガーマスク』が放映されたのが嬉しかった。 今でもチャンネル切り替えダイアルの感触を手が憶えている。ダイアルの数字を全部使い切る前にボタン操作になってしまったが、ザッピング(TVのチャンネルを頻繁に変える事)にかすかな罪悪感があるのは、アナログの機械をいたわる気持が残っているからだろう。 テレビの電源スイッチを入れ、画面が現れるまでキャビネットの裏の換気穴越しに真空管に明かりが灯る様子をじっと眺めていた頃。TVには生き物の温もりがあった。 |
▼うず潮
64.4〜65.4 原作: 林芙美子 出演:林美智子、日高澄子、津川雅彦 ▼トリニトロン 1968年 10月 ソニーがトリニトロンカラーテレビ”KV-1310”発売。11万8000円。 ▼飛行船 1968年、日立の広告用飛行船「キドカラー号」が日本全国を訪問。 |
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