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昭和30年代生まれに贈るオンラインマガジン
Updated 2009/02/21
愛情モノ語り
お守りのように 大切にしていたの♪
▼ 愛情物語
作詞・康珍化/ 作曲・林哲司/唄・原田知世
えんぴつ
私の父親は事務職で写真が趣味だったので、家には仕事用の鉛筆や写真修整用の鉛筆が身近に転がっていた。なので、小学校にあがる前から鉛筆には馴染みがあった。

それでも、入学時に自分用のを揃えてもらったのは嬉しくて、入学祝いの鉛筆削り器(手動)で尖らせた鉛筆にキャップを被せ、ジャングル大帝の筆入れに大事にしまったものだ。昭和40年代の初め。普通の鉛筆は一本10円(現在40円)で、コロッケが5円の時代にしては高価だったのだ。

コーリン、トンボ、三菱がポピュラーだったが、緑色のトンボを買うことが多かったように思う。筆入れのなかには薬局で貰った、断面が三角や四角のものも混じっていた。普通の鉛筆が六角形なのに販促用の鉛筆が三角や四角なのが不思議だったが、今から思えば広告を印刷する面積を大きくとれたからだろう。

堅めの芯が好きだったので低学年の時からずっとHBを使っていた。ただし、硬筆習字なる科目があり、「かきかたえんぴつ」は2Bや3Bだった。ちなみに、硬筆習字用下敷き(透明のソフトビニール製)というものがあって、使い初めは言葉で表せない程、柔らかく心地良いのだが、冬を越すとカチカチになってしまうのだった。

5年生になったある日、学校の帰り道に鉛筆を拾った。その鉛筆には今まで見たことのない「F」という記号が付いていた。それまで*BとHBと*Hしか知ら無かった。まわりの誰も持っていないのが嬉しくて大事にしていた思い出がある。

同じ頃。学研ペンシル・サムという芯ホルダーが発売され、学校で大流行した。専用のシャープナーで芯を削るのが格好良かったのだけれど、学校で禁止令が出たのでまた鉛筆に戻ってしまった。

中学生になってシャープペンシルを使うようになり、次第に鉛筆から遠ざかったが、試験の時は万一の故障を恐れて鉛筆も準備していた。大学受験時には「マークシート導入」の為に再び鉛筆が活躍することになった。

それから*十年。受験をひかえた娘に「用心の為に鉛筆も持っていくように」と言うと、「シャープペンシルを何本も持っていくから大丈夫」と返ってきた。そういう発想には思い至らない世代なのだ。

私は鉛筆の代わりにシャープペンシルを使う事に、ほんの少し罪悪感がある。よく考えてみれば、シャープペンの芯一本分の線を引く為に、鉛筆は削る事で木も芯も無駄に捨てているのだけれど。

昔、美術学校へ通っていたので手元にデッサン用の鉛筆が沢山残っている。たまに古いBOSTONのエンピツ削り器で意味もなく削ってみるのだけれど、これはとても贅沢なことかも知れない。
▼F
鉛筆のH、B、Fは、芯の濃さと硬さを表す。
HはHARD、BはBLACK、 FはFIRM(ファーム:しっかりした)で、HとHBの中間。

▼トンボMONO100
1967年9月、 創業55周年を記念して発売。
ノベルティとして新素材消しゴム「MONO消しゴム」を開発。

▼三菱ハイユニ
1966年、創業80年を記念して「ハイユニ」発売。

▼1960年代の懐かしいモノ・目次
水筒
リュックサック
えんぴつ
接着剤
テレビ
赤チン
缶切り
牛乳びんの栓抜き
ソフトクリームのスタンド
捻締錠
こたつの天板
トランプ類税証紙
林檎箱

殺虫剤噴霧器
手拭い
物干し竿カバー
子供用食器
インキ消し
ジンギスカン鍋
井戸の手押しポンプ
♀の十円玉
注射器
フランス人形
金魚鉢
米びつ
有料体重計
六一〇ハップ
腕時計のカレンダー
クリスマスブーツ
二斤のカステラ
横断歩道と信号機
食パンケース
タイムスイッチ
アイスボックス
車の注連飾り
卓上星占い

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