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昭和30年代生まれに贈るオンラインマガジン
Updated 2009/02/21
リバテープ縁起
高校時代の修学旅行のしおりを眺めていたら、携行する物の項目に懐かしい言葉があった。『リバテープ』。一般名詞、救急絆創膏の方言だ。

福岡の実家を離れて四半世紀 、久しく耳にすることがなかった名前だ。私は今では『バンドエイド』と呼んでいるが、ネットで検索すると地方によって呼び名が違うようだ。

商品名が一般名詞化する例は少なくないが、これほど地域差のある例は希有だろう。地域密着型の呼称に至る過程を考証する。
▼初期のリバテープ
リバテープ
商品情報・リバテープ 防水やわらかフィット>>amazon

2002年に発表した記事を改訂したものです。
リバテープとの出会い
私が救急絆創膏の存在を知ったのは、昭和40年の『リバテープ』の訪問販売だ。当時ジョンソン・エンド・ジョンソンから『バンドエイド』が発売されていたはずだが、この日までは知らなかった。

それ以前の創傷や擦過傷の手当と言えば、赤チンことマーキュロクロム液にガーゼと絆創膏だった。新しい商品は他に呼びようがなく、『リバテープ』は私と家族の語彙として定着した。

今でも実家では『サビオ』であろうと『バンドエイド』であろうと、『リバテープ』で通用しているので、一家の生活圏では現在に至るまで異論はとなえられなかった様だ。

私がTVCMを記憶しているものは『バンドエイド』の他に『サトウバン』、『ハンザプラスト』、『サビオ』がある。それらは全国区だったように思えるが、地域差があったのだろうか?
▼訪問販売
筑紫郡筑紫野町(現筑紫野市)での出来事。置き薬ではなく『リバテープ』の単品販売。訪販はその日一回きりで、以後薬局で購入している。

▼生活圏内
福岡県福岡市内、区、大牟田市、佐賀県東部、熊本北部。 筑後地
救急絆創膏の歴史 その1
『リバテープ』に限らず、救急絆創膏の通称は商品名に由来する。では、一般名詞の「救急絆創膏」がこの世に出現したのはいつか。

ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社の沿革から引用する。
1920年、J&Jの有名な製品『バンドエイド』救急絆創膏が誕生したのは、まったくの偶然だった。

購買部でバイヤーをしていた28才のアール・E・ディクソンという社員は、新妻のジョセフィーヌがたいへんそそっかしく、料理をするたびにケガをすることに常々心を痛めていた。 愛妻家のディクソンはそのたびに傷の手当てをしていたが、傷は絶えなかった。

そこで彼は、妻がひとりでも手当てができるような絆創膏を考えついた。それは、医療用テープの中央にガーゼを付け、片手でもすぐに手当てができるというものだった。

1921年に初めて製品化された『バンドエイド』は幅9センチ、長さ54センチの必要に応じて切って使うものだった。

『バンドエイド』が日本で発売されたのは昭和39年、『リバテープ』は昭和35年発売。日本では『バンドエイド』のほうが後発だった。
▼リバテープ
リバテープ製薬株式会社
熊本県鹿本郡
設立 :昭和35年5月
東京営業所開設:昭和38年1月

▼バンドエイド
ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社
東京都江東区
創業 : 昭和36年1月
設立 : 昭和53年8月
救急絆創膏の歴史 その2
「救急絆創膏」と言うからには、元となる「絆創膏」の存在を抜きにしては語れない。では「絆創膏」とは何か。

一般に「絆創膏」といえばサージカルテープ/医療用粘着テープを指す事が多い。普段は「バンソウコウ」という音韻のみで認識しているが、文字が示す意味は創傷をつなぐ膏薬だ。

由来を日東電工株式会社『粘着テープ物語』を参考に紐解いてみよう。

19世紀半ば、元来、熱を加えることで軟らかくして布や皮に塗布し患部に貼り付けていた膏薬(Plaster)が、改良の末、常温での柔軟性と粘着性を併せ持つ様になった。

この膏薬の名称は、アメリカ薬局方で1890年に「Adhesive Plaster」とされた。日本では1920年に「絆創膏」と訳され、日本薬局方4局に収載され、6局では「ゴム絆創膏」と称された。「絆創膏」の始まりである。

一方、1874年アメリカでR.W.ジョンソンとG.シーベリーが感圧性粘着剤を布に塗布したサージカルテープの量産化に取り組む。1890年、ジョンソン&ジョンソン社の薬品を含まないテープ状絆創膏が、外科用テープとして活用できることになった。「サージカルテープ」の出現である。

日本では1911年に竹内化学の竹内荒次郎が、日本で最初のゴム絆創膏を開発した。基材は日本独特の和紙を用い、薬品入り粘着剤を手塗りしたものだった。
▼絆創膏
今でも日本薬局方の絆創膏の製法欄には「本品には精選したゴム、樹脂類、酸化亜鉛およびその他の物質を練り合わせ、粘着性物質とし、布に均等に延べて製する」とある。

▼サージカルテープ
R.W.ジョンソンとG.シーベリーがニュージャージー州に工場を設立。 後にジョンソンは独立。ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社を起こす。
救急絆創膏の歴史 その3
「絆創膏」から派生した「サージカルテープ」は、いつの頃からか「絆創膏」の名で呼ばれるようになった。 日本で初めて「救急絆創膏」が発売された時点では、「絆創膏」といえば薬品を含まない紙製の粘着テープを指していたようだ。

さて、本題の「救急絆創膏」だが、「プラスチック製粘着テープに薬品を塗布したガーゼを貼付したもの」の歴史を年表にまとめた。
▼紙製の粘着テープ
日本で紙に粘着剤を塗ったテープ状絆創膏が登場したのは大正の始めといわれ、みつまた紙を支持体としていた。

私の記憶では、昭和30年代「絆創膏」は茶色の紙テープが一般的だった。

  製品の発売状況 備考
1948 日絆薬品工業(現在のニチバン)、「救急絆創膏」(布製絆創膏にガーゼを貼り付けたもの)発売。  
1956 星子旭光堂、フィルム上にガーゼを載せた「救急絆創膏」を発売。  
1960 星子旭光堂、「リバテープ」の製造販売を開始。 1967年に合資会社リバテープに
1961 祐徳薬品工業株式会社、救急絆創膏「カットバン」発売。  
1963 ニチバン、「サビオ」発売。  
1964 ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社、「バンドエイド」の販売を開始。  
1975 ライオン歯磨、オランダから「サビオ」輸入、「サビオA」として販売。1982年からは国内で生産。
花王石鹸、「ハンザプラスト」発売。
ニチバン、パッドつき救急絆創膏「オーキューバン」発売。
サビオ再び登場。

救急絆創膏の分布
各メーカーの会社沿革にある営業所開設時期を基準に分布を年表にまとめた。

ニチバンは「1944年に企業整備により全国25の絆創膏製造業者が統合」とあり、営業所展開が不明であるため全国展開とした。

表は不完全だが、北海道で「サビオ」がポピュラーな理由がなんとなく想像出来る。
(続く)
▼ハンザプラストのポスター
ハンザプラスト

  熊本 佐賀 大阪 名古屋 東京 北海道
1956 リバテープ          
1961   カットバン     カットバン  
1963 (サビオ) (サビオ) サビオ サビオ サビオ サビオ
1964     カットバン   バンドエイド  
1965     リバテープ      
1969         リバテープ  
1974           カットバン
1975 (サビオA) (サビオA) サビオA サビオA サビオA サビオA
1980       カットバン    
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