BBS昭和の話題 - 掲示板
昭和30年代生まれに贈るオンラインマガジン
Updated 2009/02/21
愛情モノ語り
お守りのように 大切にしていたの♪
▼ 愛情物語
作詞・康珍化/ 作曲・林哲司/唄・原田知世
米びつ
少し前に我が家の電気炊飯器が昇天して、とりあえず鍋で炊く羽目になった。

たしか小学校の家庭科実習では「水は新米だと一割増し。強火で沸騰したら吹きこぼれないように火を弱めて水分が無くなるまで。蒸らしは・・」と思い出しながら炊いてみた。

結果は想像以上に美味しく、「これなら炊飯器は要らないじゃん」と思ったが、「娘が明日は部活の朝練があるから家を出るのが早い」という話になり、鍋ではタイマー予約が出来ない事に気がついて、慌てて電器屋へ買いに走ったのだった。

買って帰って驚いたのは、計量カップが二個ついていた事で、一つは無洗米用だった。電気炊飯器は調圧弁〜マイコン制御〜IHと進化したが、米の量は21世紀になっても自動で判断してはくれないのだ。

電気釜が登場する前は、米を炊くのに計量カップは使わず、各家庭で適当な容器で計り、分量も水加減も主婦の経験と勘で行っていたそうだ。ところが、自動炊飯の為には米の分量がいい加減では困るので、専用の計量カップが登場した。

が、自動化が絶対正義だった時代。「必要は発明の母」の言葉通り、昭和30年代の終わりから40年代の始めにかけて、「計量米びつ」なるものが相次いで誕生した。フジコ−ポレ−シヨンの『ハイザー』、象印マホ−ビンの『ライサー』だ。今ではどちらも一般名詞化している。

「計量米びつ」が実家にやって来たのは昭和46年頃で、象印の『ライサー』だったと思う。脚付きのスタンド型で、天板には炊飯器を置くことが出来た。

それまで台所の隅で縁の下の力持ちをやっていた「米びつ」が檜舞台に立つことになった。おそらく当時の一般的な流し台の下には、置けるスペースがなかったのだろう。

キッチンの花形が電気炊飯器から電子レンジに変わり、「計量米びつ」はレンジ台に組み込まれるようになる一方、大型化したキッチンセットの扉の中に入るようにもなった。

現在、我が家では「計量米びつ」を使っていない。場所をとるのと、2合半等という半端な分量が計れないし、計量が正確じゃなかったからだ。ご飯が余る事態は出来るだけ避けたいし、少量炊くときに不正確だと美味しくない。

子供の頃、「計量米びつ」が脚光を浴びる前は、ブリキの米びつが「縁の下の力持ち」よろしく、台所の床下に置いてあった。

毎年、秋も深まると、度々フタを持ち上げては米びつの中を覗き込む日が続いた。 米の中に渋柿が埋めてあったからだ。渋柿はそうやっておくと2〜3週間でとろとろの熟柿になるのだ。

それは「計量米びつ」がやって来てからは出来なくなり、輸入果実の自由化が急速に進んでデザートの選択肢が増えたこともあって、熟柿の事も思い出さなくなっていった。
▼米びつ
米びつ


▼自動化
昭和35年「株式会社寺岡精工」が、日本初の純電機式自動ドアを開発。 昭和37年、寺岡精工が発売開始。

▼ハイザー
昭和38年発売
商標登録出願日: 昭和44年4月21日
権利者:株式会社フジコ−ポレ−シヨン

▼ライサー
発売年不明
商標登録出願日: 昭和46年7月9日
権利者:象印マホ−ビン株式会社

▼米びつ付き流し台
昭和36年、「クリナップ」がステンレス流し台に業界初の米びつをつけた。


▼1960年代の懐かしいモノ・目次
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林檎箱

殺虫剤噴霧器
手拭い
物干し竿カバー
子供用食器
インキ消し
ジンギスカン鍋
井戸の手押しポンプ
♀の十円玉
注射器
フランス人形
金魚鉢
米びつ
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タイムスイッチ
アイスボックス
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