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昭和30年代生まれに贈るオンラインマガジン
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Update: Apr.2004
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愛情モノ語り
お守りのように 大切にしていたの♪
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▼ 愛情物語
作詞・康珍化/ 作曲・林哲司/唄・原田知世 |
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昭和37年(1962年)7月1日。梅雨前線の影響で九州は大雨となり、長崎県や佐賀県の一部では一日の降水量が200mmを超えた。 佐賀県で土砂災害が発生し60名以上の死者行方不明者があった。 当時、私が住んでいたのは仕舞た屋風の古い二階建て長屋で、窓の鍵は真鍮製の棒をねじ込むモノだった。今でもホームセンターで補修用として見かけるが、大手の金具メーカーのカタログでは、このタイプは見あたらない。 木製窓枠に捻締錠は定番だったが、東京オリンピック以降、住宅用アルミサッシが普及して、40年代半ばには普及率がほぼ100%となった。クレセント錠にとって代わられたのだ。 我が家は昭和41年に新築の鉄筋集合住宅に入居したが、鉄製のサッシだった。以来、キュルキュルと締める感覚は家庭では味わえなくなった。木製の引き戸は少しでも風が吹けば、がたぴしと頼りないのだが、鍵をねじ込むと多少なりともしっかりして心強く感じられたものだ。 その日、長崎への旅行から帰る途中だった父親と私は、長崎本線と鹿児島本線の乗り換え駅である、佐賀県鳥栖駅で足止めを食っていた。駅から留守番の母親へ電話(呼び出し)すると、浸水が始まっているという。 しばらく待つと雨は小降りになり、電車は運行を始めた。ようやくたどり着いた家では、一階の畳と家具が二階へ上げてあった。頼みもしないのに近所の人がやってきて手伝ってくれたのだという。 土間に井戸と竈の名残りがあり、薄い壁を通して隣の夫婦喧嘩が聞こえてくる家だったが、人情には事欠かなかったのだ。 じわじわと水かさの増す中、電話も無い家で一人で留守番をしていた母親は、窓の鍵を思い切り強く締めたに違いない。 |
▼捻締錠 |
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