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昭和30年代生まれに贈るオンラインマガジン
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Update: Apr.2004
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愛情モノ語り
お守りのように 大切にしていたの♪
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▼ 愛情物語
作詞・康珍化/ 作曲・林哲司/唄・原田知世 |
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ジンギスカンといえば、『恋のダンスサイト』を聞いて1979年にヒットした曲を思い浮かべる世代の私だが、小学校の授業で人名だと知る前は、焼き肉の道具だと思っていた。 日本の家庭に焼き肉が普及したのは『エバラ・焼き肉のタレ』が発売された1968年以降。イワタニの卓上コンロ『カセットフー』(69年)やホットプレートの登場が後押ししたと思われる。 我が家にホットプレートがやって来たのは74年で、それまでは卓上ガスロースターを使っていた。長いホースを台所から引くのが手間だったが、それほど頻繁に食べるものでは無かった。 それ以前はジンギスカン鍋で、タレは今は亡き『キッコーマン・バーベキューソース』。我が家のジンギスカン鍋は炭火用の空気穴の開いたタイプで、肉の脂が落ちると、もうもうと煙が立った。 子供時代の夏の宵。開け放った窓から吹き込む夜風に、ジンギスカンの煙は蚊遣りの煙と渾然一体となり、食卓のビールと三ツ矢サイダーの入ったコップは、額から滴る汗と競うようにびっしょりと汗をかいていた。 かつて、ジンギスカンは現在のエアコンの効いたダイニングが殺風景な無菌室に思える程の野趣があった。高木彬光は小説『成吉思汗の秘密』で、成吉思汗(ジンギスカン)を「吉成りて、汗を思う」と読み解いたが、別の意味で言い得て妙だ。 |
▼ジンギスカン鍋 |
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