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昭和30年代生まれに贈るオンラインマガジン
Updated 2009/02/21
愛情モノ語り
お守りのように 大切にしていたの♪
▼ 愛情物語
作詞・康珍化/ 作曲・林哲司/唄・原田知世
フランス人形 〜小説〜
私がこの家にやって来たのは昭和37年。お引っ越しのお祝いだった。コサージュのケースのような透明の筒に入れられて、整理箪笥の上に飾られた。

奥さんは私の為にパイナップル編みの白いレースの敷物をこさえてくれた。この家では私がスタァで、横に並んでいるのは幼稚園に通う坊やの割れてツギハギだらけの招き猫。隣の飾り棚には土産物の小さな人形達が並んでいるだけだった。

一年が過ぎると、奥さんに赤ちゃんが生まれて、たまにケースにハタキをかけてくれるだけになってしまった。上の坊やはまだ小さくて、背伸びしないと私に届かず、遊んではもらえなかった。

次ぎに引っ越した先では、テレビの上に飾られたり箪笥の上に戻ったりしたけれど、私のスタァの座は揺るぎなかった。

転落が始まったのは昭和42年。 引っ越した先に応接間が出来て、当時流行のサイドボードがやって来た。奥さんはモチーフつなぎのレースを編んでサイドボードの上に掛けた。

「当然、私のステージ」だと思っていたのに、脚光を浴びたのは「ガラスケース入りの博多人形」と「ジョニーウォーカー」だった。私のステージは箪笥の上の飾り棚の中になった。専用のケースはひび割れが目立つようになっていたからだ。

私の周りは、かつて軽蔑していた民芸品ばかりで、お洒落なのは輸出用有田焼の『101匹わんちゃん』と『バンビ』のミニチュアだけだった。

それでも私はプライドと気品を失わなかった。香港土産の白檀の扇子がやってきてドレスに匂いが染み付いた時は、悲しくて「逃げ出そうか」と思ったけれど。

上のお姉ちゃんは時々ガラス戸を開けて人形を並べ替えたり、私のドレスの裾を直してくれたりしてくれたけれど、下の坊やは見向きもしなかった。

それから30数年。二度の引っ越しの後も私の居場所はずっと飾り棚の中で、仲間の人形が増え続けても場所は同じだった。その間に上の坊やは大人になって家を離れ、ご主人は亡くなった。

下の坊やが家を建て替えた時、この家との別れがやって来た。もうずっとステージに立ち続けて疲れていたのでお休みをもらう事になった。「あの時、上の坊やがいてくれたら」と思う事がある。
▼ポーズ(フランス)人形
フランス人形
書籍:麗しのポーズ人形>>amazon

本来、フランスで作られたビスクドール。
日本では布製の物が昭和30〜40年代に流行。
ドレスを着た物をフランス人形、その他をポーズ人形と呼びわける場合もある。
現在、リバイバルブーム。

▼可愛いミニチュア
懐かしのオモチャ箱
懐かしのオモチャ箱>>



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