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昭和30年代生まれに贈るオンラインマガジン
Updated 2009/02/21
めばえ
もしもあの日あなたに逢わなければ♪
2歳から3歳を過ごした離島、長崎県対馬での人生最初の出逢い。
▼めばえ/1963年7月号
めばえ 小学館の学習雑誌
対象年齢1〜4歳
ガーベラとスキムミルク
幼い頃の私は彼岸花はガーベラのことだと思いこんでいた。そのガーベラを知ったのは三歳になったばかりの秋彼岸の頃だった。

家の前の坂を上り、左手の自衛隊駐屯地の裏門を過ぎた先に厳原税務署の上級職官舎があった。その日は課長さんのお宅に用事があった母親についていったのだった。

官舎の垣根のそばの花壇に赤い花が咲いていて、母親にガーベラだと教わった。快晴の陽差しに赤い色が眩しく、菊に似たむせ返るような青い匂いと共に、今でも瞼の裏に焼き付いている。

訪ねた先は、陽光に照らされた真新しい家だった。裏庭に石垣がせまる我が家が、昼間も薄暗かったせいもあるが・・

玄関の左手が細長い台所で、左が流し台、右が作りつけの戸棚だった。正面の玉簾をくぐると洋間で、白いカバーをかけた応接セットがあった。当時としてはずいぶんモダンに見えたものだ。

課長の奥さんが、うちには子供がいないからお菓子も置いてないし、何をあげたらいいのかわからないと、私を台所へ連れて行き、好きな物をあげると言われた。

私はガラス戸の中の赤い箱が気になって仕方がなかったので、あれは何?と訪ねると、スキムミルクという牛乳のようなものだという。当時、家にはテレビがなく、絵本と近所のよろず屋だけが情報源で、そんな物は見たことも聞いたこともなかった。

飲む?と聞かれたが、手を煩わしては悪いという遠慮があったので、要らないと断り、味付け海苔をおやつ代わりにいただいた。

以来、憧れは持ち続けたままだったが、後にスキムミルクは「給食と書いて拷問と読む」元凶となった脱脂粉乳と知り、市販の物とは違うとはいえ、あのとき頼まなくてよかったと胸をなで下ろした。

毎年、彼岸花の季節にはスキムミルクの赤い箱を思い出すのだが、食わず嫌いのままなので、あの日の憧れの味のままだ。  
▼ガーベラ
ガーベラ
画像提供: realshakes>>

▼雪印スキムミルク
雪印スキムミルク


▼目次
クリームキャラメルとスピッツ
若原一郎と紙テープ
こだま号と絆創膏
栗饅頭とはじめてのおつかい
コンデンスミルクとクリスマス
ネギ坊主と水飴
招き猫とサーカス
ガーベラとスキムミルク
TVと宿直室
うぐいす姫と箱庭
鯛の骨とバナナ饅頭

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