『あの頃は パンと人形が おフランス』
当時フランスといえば、フランスパン、フランス人形、フランスキャラメル、ダニエル・ビダルくらいなものだった。そこへ登場した「おフランス」帰りの井矢見(イヤミ)。 おかげで、 いまだに「お」をつけてしまいそうになるザンス。
【ストーリー】
六つ子の“おそ松”兄弟、天涯孤独のワルガキ“チビ太”、横丁のアイドルの“トト子”、自称おフランス帰りの“イヤミ”、いつも縞のパンツ一丁の“デカパン”、両手に箸を持つ“ダヨ〜ん”、頭に日の丸を立てた“ハタ坊”・・個性的なキャラクターがドタバタ劇を繰り広げる。
おそ松、から松、十四松、一松、トド松、チョロ松! さぁ、みんな揃った?
松の木ばかりが松じゃない♪の『松の木小唄』がヒットしたのが『おそ松くん』の放映が始まる前の年(昭和40年)だったので、芋蔓式に思い出してしまう。
六つ子という*前代未聞の設定が新鮮だったが、やがて脇役が主役を食って活躍しはじめた。その強烈なキャラクター達は他に類を見ない。(*日本初の五つ子が誕生したのは昭和51年1月31日)
いずれも赤塚不二夫のオリジナルだが、イヤミは稀代のボードビリアン、トニー谷を連想する。一時期表舞台から遠ざかっていたトニー谷が日本テレビの『アベック歌合戦』で復帰した頃だった。
当時、「画家=フランスで修行」の時代で、おかっぱ頭とベレー帽、スモックは画家の記号だったが、その原型と思しき藤田嗣司が亡くなったのもこの頃だった。
『おそ松くん』は、それまで少女まんが雑誌に4コマまんがや別冊付録を描いていた赤塚不二夫を一気にスターダムに押し上げた。
TV版の視聴率は対象を子供に限れば、ほぼ100%だったのではないだろうか? 鉄腕アトムの兄貴(TVでは弟)コバルトを知らなくても、イヤミの“シェー”、チビ太の
“おでん”>>を知らない同世代は皆無に近いと思うのだ。
『おそ松くん』で好きだったのは、チビ太がハタ坊がからむ話だった。昔のまんがには『魔法使いサリー』の「たけくらべ」のように劇中劇の回があり、『おそ松くん』にも普段と設定の違う回があった。
チビ太が元金庫やぶりで、人助けの為にやむなく腕を発揮する人情劇や、国定忠治に扮し、捨て子を助ける時代劇があったと思う。
どちらも子分役はハタ坊で、誰にたいしても意地悪なチビ太がハタ坊に対しては保護者のように優しいのだった。ラストで別れを告げ去っていくチビ太に、ハタ坊の『おやび〜ん(親分)』の声がかぶるのが、映画『シェーン』のラストシーンのようだった。
《余談》
松野兄弟は一卵性なので声も同じはずだが、それぞれ別の声優だった。
おそ松:加藤みどり 山本圭子:ちょろ松 一松/とど松:北浜晴子
十四松:東美江 から松:白石冬美