昭和30年代生まれに贈るオンラインマガジン
Update: Apr.2004
マンガ細事記
『憧れの 君は届かぬ 箱の中 』 マンガにまつわるえとせとら。
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マッハGoGoGo 1967

『剛5号 風が泣いてる GoGoGo』

放映前年の1966年。オープンして間もない富士スピードウェイで『第3回日本グランプリ・自動車レース大会(笑)』が開催され、メインレースがそれまでの市販車改造からグループ6と呼ばれる専用車へ移行した。

この年、ホンダF2が快進撃を始め、年末には日産ブルーバードがケニア・ラリーで総合優勝を飾った。『マッハGoGoGo』が放映されたのは日本のモータースポーツが全盛期へ向けて羽ばたこうという時期だった。

【ストーリー】
*ホワイトボディのマッハ号を駆る三船剛。剛の父・大助は自らの手によるマッハ号の新型エンジンの開発を会社に反対され、独立して三船モータースを起こす。レーサーになることを反対されている剛は新型エンジン開発の資金を稼ぐため、内緒でレースに出場するのだが・・・
(*国際レース時の日本のナショナルカラー)

三船“剛”、ゼッケン“5”、“Go”。駄洒落には定評のある?タツノコプロだが、この三船という名は前年公開のハリウッド映画『グランプリ』に出演した三船敏郎を意識したものではないだろうか?

同じタツノコの『ガッチャマン』の白鳥のジュンは女優の江夏夕子がモデルだといわれるが、彼女はレースクイーンをしていた時代がある。スタッフにクルマ好きがいたというより、当時の若者は皆、クルマが好きだったのだ。

さて、僕はこのマッハ号が大好きだった。ボンドカーばりの装備も魅力ではあったのだけど、何よりその造形が素晴らしかった。ギミックは内蔵されていて実にエレガント。日本のアニメと特撮に限れば、これを超えるスタイリングの車は現在に至るまで無いと思う。

ただし、憧れのマッハ号にも今から思えば欠点がある。名前に“号”がついてる事だ。当時は旅客機にも「よど号」とかついてたし、つんつんツノダのテーユー(TUの事 爆)号〜♪って聞いても、ダサ〜とか思わなかったもんなぁ。

号はつくものの、『マッハGoGoGo』がこの時代に生まれて幸運だったのは、道路交通法とレース・レギュレーション、安全に対する意識が現在とは異なることだろう。

シートベルトの着用義務があっては颯爽と乗り降り出来ないし、現在の競技用ヘルメットの開口部は極めて狭く、その下にはノーメックスのマスクが常識だ。剛の表情を見ることは出来ないのだ。

モータースポーツが時代の先端を走っていた時代、レーサーはモテモテだった。福沢幸雄と小川知子、川合稔と小川ローザが浮き名を流したのもこの頃だ。三船剛のガールフレンドのミッチーは、当時のTVマンガのキャラクターの中では白眉といえるほどリアルで色っぽい。

格好いいクルマと美女、*世界を舞台にした展開の作品はまさに時代の正鵠を射たのだと思う。(*数年前に海外旅行が自由化されたばかり)


[主題歌・歌い出し]
風もふるえるヘアピンカーブ〜
マッハGoGoGo
商品情報>>

▼マッハGoGoGo
放送局:フジテレビ系
放送期間:1967.4.2〜1968.3.31

▼風が泣いている/1967
作詞・作曲/浜口庫之助 唄/ザ・スパイダース

▼リアルマッハ号
リアルマッハ号


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