昭和30年代生まれに贈るオンラインマガジン
Update: Sept.2006
スウィートメモリーズ
過ぎ去った夢だけが美しく見えるのは何故かしら?♪
▼スウィートメモリーズ
作詞:松本 隆/作曲:木村 雅朗 /唄:松田聖子
法の下の平等:ポン菓子

昭和30年代末。家の近所にポン菓子屋がやってきた。自転車でリヤカーを曳き、荷台には黒い大砲のような機械が載っていた。

路地の空き地に腰を据えると店開き。黒い機械に薪をくべ、フタ開けて米を入れ、ハンドルを回してフタを固定する。

暫くして、フタのレバーに手をかけると、ボーンという爆音がして・・金網を張ったカゴへポップコーンのようになった米がはじけ飛ぶ。タライに移して鍋で暖めてあったシロップをかけるとポン菓子が出来上がった。

まわりには子供の輪。実際につくるところを見たのは初めてだった。幼稚園の帰り道に見かけた私は家に駈けて帰り、母親に米と砂糖とお金をせがんで駆け戻った。必要な量はおじさんが説明したのか、書いた紙をもらったのかは記憶に無い。

システムは材料と加工賃を預け、出来た物を順番待ちで受け取るものだったが、お金だけでも買えた記憶があるので渡した材料の一部は業者の手元の残っていたのかも知れない。

なにしろ、注文がまとまってから作るので、渡した材料は他の子が持って来たものと一緒にされる。出来上がったポン菓子が持参した米なのかは確かめる術は無い。

それでも問題がなかったのは、今のように「コシヒカリ」「ササニシキ」といった銘柄米はヤミ米と呼ばれ、一般的では無かったからだろう。建前上は米穀通帳を介した標準価格米に差異はないはずだから。

当時、私の家では親戚の農家からわけて貰う事があった。ポン菓子に化けたのは、たまたまその米で、母親が「もったいない」と言った記憶がある。

私はそんな事はお構いなく、香ばしい出来たてのポン菓子をプラスティックの青いザルに入てもらい、満面の笑みを浮かべていた。
▼ポン菓子
ポン菓子


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