今川焼き: ブラック団
世の中、知らないほうが幸せな事もある。
1983年1月。東京、山手線の高田の馬場駅前。憧れは脆くも崩れ去った。いや、もはや夢でしかない事に気が付いてはいたのだが、認めたく無かったのだ。
世の中に『今川焼き』というものがあるのを知ったのは、コミック『ブラック団』。昭和43年だった。主人公達が『今川焼き』を買うシーンがあったのだ。
『今川焼き』は僕の知っている『回転焼き』に見えたが、どうもサイズが違うようだった。B5版位の紙袋に5〜6個入っているように見え、買ったあとに事件が起きて袋ごと投げ出すシーンがあり、飛び散る絵からも 『回転焼き』より小振りに見えたのだ。
当時、母親に『今川焼き』とは何か?と尋ねたが、答は返って来なかった。
以来、僕の中では『今川焼き』は一口サイズで、『回転焼き』より美味しいものになっていった。
25年後。団体旅行のスキーバスに乗り込む前の慌ただしい時間に、『今川焼き』の看板が目に入り、ついに出会いが訪れた。実は、実家の九州を離れてから、どうやら『今川焼き』=『回転焼き』だとは気が付いてはいた。が、頭の片隅にあの『今川焼き』を期待する気持があって、足が遠のいていたのだ。それが、買い物の時間の無さに寒さが手伝って、ご対面と相成った。
あの頃10円だったのが100円になっていた。思えば遠くに来たものだ。なにより驚いたのは、カスタードクリーム入りやら、チーズ入りやらのバリエーションがあったことだ。僕は迷わず小豆あんを2つ買った。袋は白い上質のもので、かつての内職で作られたペラペラの袋(薄手の茶封筒のようなタテ筋のはいったやつ)ではなかった。
3才の頃、床屋の散髪代は100円だった。100円玉を手渡すと、サービスでお釣りに10円をくれたので、帰りに回転焼きを買ってもらった(当時は5円で母親のぶんも買えたのかも知れない)。なので、『回転焼き』から立ちのぼる湯気は、床屋の蒸しタオルの匂いを思い出す。
バスに乗り混んでから、そっと齧ってみた。憧れの『今川焼き』は何処かへ消えてしまったけれど、『今川焼き』は懐かしい『蒸しタオル』の匂いがした。