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昭和30年代生まれに贈るオンラインマガジン
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Update: april.2004
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小さなスナック
僕が初めて君を見たのは〜♪ 食べ物に関する雑記です。
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▼小さなスナック
作詞/牧ミエコ・作曲/今井久・唄/パープル・シャドウズ |
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アイスなんてシャボン玉 きつく抱いたら溶けて消えた♪ 家庭で食べる冷菓の移り変わりは、冷蔵庫の歴史と深く結びついている。 1930年に売り出された国産初の電気冷蔵庫は家一軒が買える程高価で、1950年代に、テレビ、洗濯機とともに「三種の神器」と呼ばれるようになるが、庶民に手の届く価格ではなかった。 普及率が50%を超えたのは1965年。既にフリーザーが分離した2ドア・タイプが発売されていたが、庫内に製氷室が露出した直冷式が一般的だった。製氷室の容量も小さく、製氷皿(アルミ)2つと『アイスノン』を入れると隙間がなくなる程だった。 同時期に家庭で作る「プリン」が相次いで発売されたが、冷蔵室でこれらを冷やすのには事足りても、買ってきたアイスを保存する能力は無かった。 また、2ドアでも霜取り中に溶けてしまったアイスは2度と元の風味を取り戻すことは無かった。森永の『マジックアイス』が短命に終わったのも、当時の冷蔵庫事情だったのかも知れない。 1970年頃にはファン式冷却のものが売り出され、霜も付きにくく冷凍能力もアイスを保存するのに充分になった。この頃、家庭で作るシャーベット『ハウス・ミルクシャービック』が発売されたが、1971年には明治乳業から『レディーボーデンアイスクリーム』が発売され、アイスは買ってきて保存しておくものに変わっていった。 一方、冷蔵庫の普及と大型化に伴って、消費スタイルが大きく変化した商品がある。牛乳だ。それまで宅配の瓶が一般的だったが、スーパーマーケットで紙パックを買うというスタイルが定着しはじめた。 ストックされた牛乳は、デザートの調理に使う余裕を生んだ。 1976年にハウスから牛乳で作るデザート『フルーチェ』が売り出され、同じ頃『ハウス・プリン』は牛乳で作る『プリン・エル』に進化した。 75年にはアイスクリームに近い『ハウス・シャービック・ユングフラウ』が発売されていたのだが、手間を考えるとつい、『フルーチェ』へ手が伸びた。(アイスは買えばいいのだし) 78年には、電気冷蔵庫の普及率が90%に達し、我が家の冷蔵庫も大型化して3ドアになっていた。79年には日清フーズから、牛乳で作るチーズケーキ「クールン」が発売されたが、広くなった庫内は冷やすゆとりがあった。 現在、冷蔵庫はずいぶん大きくなったものの、常温保存でよさそうな物にまで要冷蔵と表記してあるので、雑多なもので溢れかえっている。プリンを作る為には整頓から始めなくてはならない。 大した物が入っていない小さな冷蔵庫で、氷水を張ったバットにプリンを並べて、待ちきれずに何度もドアを開けては指でつついていたあの頃。ココロは今より豊かだった気がする。 |
▼バスルームから愛をこめて
作詞:康珍化/作曲:亀井登志/唄:山下久美子 ▼ハウスプリンミクス 1964年(昭和39年)発売。 同年ライオンが「ママプリン」を発売し、 食品事業分野に進出。 ▼アイスノン 1965年(昭和40年)7月、白元が「氷のいらない氷まくら」のキャッチフレーズで発売。 ▼マジックアイス/ 森永(昭和46年頃) モッコ モッコ モコモコ モッコ 大きっく なあ〜る〜♪ ▼レディーボーデン/明治乳業 1971年(昭和46年)発売 。94年にロッテがライセンス取得。 ▼牛乳の容器 1970年頃から、瓶と紙の比率が逆転し、現在は紙が9割。テトラパックは1956年に協同乳業株式会社(メイトー)が日本で最初に導入。輸送に特殊な六角形の容器が必要、店頭でスペースにむだが出ることから、直方体のタイプに移行。80年代には直方体が三角すいを上回った。 ▼フルーチェ ペクチンが牛乳のカルシウムが反応してゲル化。 ▼シャービック・ユングフラウ 1975年(昭和51年)発売。 チョコレート、バニラ。 |
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