君は宣伝色
想い出はモノクローム 色を点けてくれ♪ 色にまつわる昭和CM史。 |
▼君は天然色 作詞・松本隆/作曲・大瀧詠一/唄・大瀧詠一 |
ヤンマー・赤いトラクター/1979年
燃える男の赤いトラクタ〜♪ 『ヤンボー坊マー坊天気予報』に続いて、北の大地をバックに『赤いトラクター』の勇姿が現れた。「都会でチャラチャラ遊ぶ奴と違って、俺の愛車は大地に根が生えてるぜ」と言いたげだ。流れるのは青空へ抜けるようなハイトーンのアキラ節。 「真っ赤な車といえば若者のスポーツカー」というイメージがある。ところが、赤をシンボルカラーにした車は、過去を振り返っても思いのほか少ない。 横並びの無難を好む国民性と、「赤は女の子色」というイメージが男性に敬遠されるのも一因だろう。レーシングカーがスポンサーカラーに染まる前の時代には、日本のナショナルカラーの「白」がスポーティだという感覚もあった。 希有な一例が、この年にモデルチェンジした日産『ブルーバード』。ブラウン管の中で純白のスーツに帽子を斜に被ったジュリーが、真紅のブルーバードに「お前の時代だ」と言い放った。 『ブルーバード』が誕生したのは1959年で、『ヤンマーのトラクター』は63年。団塊の世代が社会人として世に出た時代だ。小林旭の映画『渡り鳥シリーズ』の時期にあたる。 当時の車は高価で、スポーツカーは銀幕のスターの乗り物。若者に手の届く赤い軽自動車『ホンダN360』が登場したのは67年だった。時に、ポスト団塊の世代一年生、ジュリー19歳。若者にとって車が身近になったのは、この世代以降だ。 79年は団塊の世代が家庭を築き、働き盛りに差しかかった時期。余裕で新車が買える「俺の時代」がやってきたが、もはや2人乗りのスポーツカーというわけにはいかない。青春時代に憧れだったスポーツセダン『ブルーバード』の赤なら・・ 記録的な大ヒットだった。 時は流れて、2001年。『ブルーバード』は42年の生涯を閉じた。現在の『ブルーバード・シルフィ』にDNAは受け継がれていない。小林旭ではないけれど、『昔の名前で出ています』なのだ。 一方、『ヤンマーの赤いトラクター』は健在だ。ライバルの『クボタ』のトラクターもオレンジに近い赤なのは、瑞穂の国の大地に映える色だからだろう。 かつて、『青い鳥』がまとった赤は時代の流行色だったが、『赤いトラクター』は自然が緑を失わない限り、変わらないのかも知れない。 |
▼赤いトラクター 作詩:能勢英男/作曲:米山正夫 CD商品情報>> ▼ブルーバード910型(1979) ▼君は宣伝色・目次 サントリー・ホワイト 赤いトラクター ネスカフェ・ゴールドブレンド ブルーダイヤ 君は薔薇より美しい ホワイト&ホワイト トマト&レモン 純黒ボールペン シルバーオックス コーヒーキャンディ 東鳩オールレーズン サクラカラー メロウカラー コラム・昭和なネーミング>> 昭和の文化・総合目次>> トップページ>> |