昭和30年代生まれに贈るオンラインマガジン
Update: Mar.2006
君は宣伝色
想い出はモノクローム 色を点けてくれ♪
色にまつわる昭和CM史。
▼君は天然色
作詞・松本隆/作曲・大瀧詠一/唄・大瀧詠一

ブルーダイヤ/ライオン油脂 1966年

うれしい白ですブルーダイヤ ラッキーカードが入っていたら
金銀パールプレゼント♪

1965年に発売されたライオン油脂の『ブルーダイヤ』は、白い粒とブルーの粒を配合した、日本初のミックスタイプ洗剤・・というより、66年に始まった「金銀パールプレゼント」キャンペーンの洗剤だ。
(*色が変わって合図する♪は『ブルーチャイム』)

実はジュエリープレゼントを実施した洗剤は『ブルーダイヤ』だけではない。同時期に「金指輪プレゼント/第一工業製薬」「テルスターの金製ネックレス・ラッキーセール/旭電化」「ダイヤが当たる夢のカプセルセール/日本油脂」があった。

『ブルーダイヤ』 が何故ダイヤを景品にしなかったかは不明だ。今の奥様方の大半は婚約時にダイヤの指輪を貰っているので、景品のちゃちなダイヤなんて要らないだろうけど、当時の日本には「婚約指輪にダイヤ」という文化は存在しなかったのだ。

世界中のダイヤの生産と流通を牛耳るデ・ビアス社が、日本市場に向けて「ダイヤモンド婚約指輪普及キャンペーン」を始めたのは67年。宝石の輸入自由化は 『ブルーダイヤ』が発売される5年前の60年だった。

ちなみに、今では常識とされる「婚約指輪は給料の3ヶ月」はデ・ビアス社が72年に始めたキャンペーンの広告コピーだ。おかげでダイヤの婚約指輪を貰う花嫁は68年に5%だったのが、81年には60%に達したという。

『ブルーダイヤ』の景品がダイヤではなく金・銀・パールだったのは、今ほど豊ではなかった時代に「当選数を増やして出来るだけ多くの夢を」という狙いだったのかも知れないが、現在も「金銀パールプレゼント・キャンペーン」をやっている。

いまだに40年前のキャンペーンが通用するのは、デ・ビアスが言うように、女性にとってジュエリーは「永遠の輝き」ということだろう。

▼ブルーダイヤ/1965
ブルーダイヤ

▼金銀パールプレゼント
ライオン株式会社の発表によれば、73〜77年、80〜97年は一時中断。98年に復活後の当選者は29,000人を超えるという。

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