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昭和30年代生まれに贈るオンラインマガジン
Updated 2009/02/22
隣の車が立派にみえまーす
子供時代の自動車レポート。
 
Author : Jack
いすゞ・ヒルマン・ミンクス : 昭和45年
父親の知人が社用車で使っていたのを処分するというので譲り受けた。1963年式のスーパーデラックスだった。

今なら7年前の車でも大して古びて見えないものだが、60年代末に車のスタイリングの傾向が大きく変わったので、相当古めかしく見え、行く先々で珍しがられた。グレーと濃紺のシックなツートンカラーで、同じ車とすれ違ったことは一度もなかった。

腐っても高級車。乗り心地は今まで乗ってきた安物の国産車とは雲泥の差だった。ボディの作りが頑丈で、ドアが閉まる音も重厚だった。鉄板が厚くて、一度子供にコンクリートブロックを投げつけらた事があったが、かすり傷で済んだ。

内装も豪華な布張りで、珍しかったのはラジオがオートチューニングだったことだ。アナログの機械式で、ボタンを押すとチューニングダイアルが自動で回転するのが、子供心にとても格好よく見えた。

欠点はホイールキャップがはずれ易いことだった。当時は未舗装路が多く、路肩にキャップが落ちているのを良く見かけたが、ヒルマンのホイールは当事の国産車では破格の15インチで、無くすとトラック用しか手に入らなかった。

車載工具セットが立派で、金属のケースにインチ規格の工具が揃っていた。シャーシが無給油になる前の時代の車なので、立派なグリスガンもついていた。

父親が部品取り用に廃車を手に入れて来て、そちらはスタンダードグレードだったので、内装や装備品がずいぶん違うなぁと思った記憶がある。

ヒルマンミンクスは、いすゞ自動車が英国車をノックダウン生産していたもので、あちこちに日本車に無い雰囲気が漂っていた。寒い国の車らしくヒーターが良く効き、ボンネットの中には大きなユニットが収まっていた。

ヒルマンは71年の秋に10年目の車検を迎えたのを機に、我が家で最初の新車であるスカイラインの下取りとして5万円で引き取られた。

ヒルマンの想い出が薄れ始めた70年代末、いすゞは孫にあたるジェミニのマイナーチェンジ時にミンクスの名を復活させ、懐かしいツートンカラーも再現した。

そのボンネット中の同じ位置に、ヒーターのブロワーを見つけたとき、DNAは受け継がれていたのだと妙に感動したものだ。
・ヒルマン・ミンクス
車名:ヒルマン・ミンクス  型式PH100
会社名いすゞ自動車(株)
車種・用途 :乗用
機関:水冷 直4 OHV
排気量:1494cc 62ps/4600rpm
変速機:4MT 駆動方式 FR 最高速度:128Km/h


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