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昭和30年代生まれに贈るオンラインマガジン
Updated 2009/04/01
陽のあたらない名車列伝
幻の自動車雑誌、ニ亥社『カークラシック』の記事から、忘れ去られた名車を発掘する。


Author : Jack
日産 スカイライン・240GT-R 1973年
ポルシェ911を思わせるエンジンは,S20と比べると異例にフレキシブルで,街中を流しているぶんには,これがハイチューンエンジンであることは微塵も感じられない.

だが東名に乗り,スロットルを踏み込んだ瞬間から,鳥肌が立つほどのGT-R劇場が幕を開けた.3000くらいでクラッッチをつなぐと,背中を蹴飛ばされたような加速が始まる.低速でバサついていたエンジン音は一気に名状しがたい快音に変わった.

3速で7200まで引っ張ると160Kmを超えていて・・

*以上、カークラシック1973年7月号より抜粋。文中の句読点「,.」は原文ママ。

【解説】
1月に発売された2000GT-Rは、レースに出場しないことや旧モデルから性能面での向上が見られないことから、ファンの期待を裏切る結果となった。

L24エンジンを搭載した輸出仕様の240Kをレースに投入との噂も立ち消えになり、GT-R伝説も終焉かと思われたが、予想外の形で覆された。

車両重量を軽減する為にショートノーズの4気筒用ボディが選択され、技術提携先のスバルが開発中だった水平対向6気筒をベースにしたエンジンが搭載された。

ボディの軽量化は徹底され、ボンネットはFRPに、大きなリアウインドウは撤去されロータスヨーロッパ風の樹脂製デッキに、リアサイドウインドウはアクリルの羽目殺しになった。

テールランプは内側の二灯を撤去、オーナメント類も前後バッジのみに、助手席側ドアのキーは省略された。

水平対向エンジンはレオーネ用の1600ccを6気筒化した2400cc。日産でDOHCヘッドが載せられた。エンジン単体重量は160kg台でS20の199kgから30kg強、軽量化された。

2000GT-R(KPGC110)から95mm短縮されたホイールベースは先代(KPGC10)より短く、車両重量は130kg減量され、1020kgとなった。

旧中島飛行機から分社したプリンスと富士重工が手を組んだ形となり、ポルシェに対抗する為に4気筒ボディを延長して6気筒を積んだことから始まったスカG伝説は、先祖がえりしてポルシェと同じ水平対向エンジンを積むという、どんでん返しの復活劇となった。

レースでは富士1000kmでデビュー、RクラスのセリカLBターボを破り、総合優勝を飾った。富士TT500マイルではヨーロッパツーリングカー選手権チャンピオンのワークスフォードカプリRSを迎え撃ち、優勝。2位はマツダRX3、3位はワークスカプリであった。

レース車両としての成功とは裏腹に、市販車としては不評で、レイアウトの都合で少ないハンドル切れ角、形ばかりのリアシートは、あくまでセダンというGT-Rのコンセプトに反するという意見も少なくなかった。

特にボンネットの中の光景が芸術的だったS20と比較して、エンジン上に補機類が並ぶレイアウトと、水平対向独特の排気音が旧来のファンに不評であった。

200万円を越える車両価格は若者には高値の華で、ショートノーズの1600HTにローレルの4気筒G20エンジンを積む改造が流行した。ノーマルのエンジンで2000GTXの加速性能を上回ったと言われる。

社会状況と採算性の悪さから、73年末に生産終了。総数は100台強といわれる。協力した富士重工への見返りとして、軽自動車のレックスがプリンス店で販売され、奇しくも王子(プリンス)とレックス(王)が同居するという状況になった。



上記の記事は実在の人物・商品・団体名を使用していますが、フィクションであり、事実とは異なる記述が含まれています。
スカイラインGTR 240スカイラインGTR 240
車名:日産スカイライン・240GT-R 型式KPGC110F
会社名:日産自動車(株)
車種・用途 :乗用
機関:水平対向6 DOHC
排気量:2393cc 180ps/5600rpm
変速機:5MT 駆動方式FR

▼Datsun 240K GT 輸出仕様スカイライン2400GT
スカイライン2400GT
ボディは2000GTと共通。240GT-Rがショートノーズなのがよく分かる。

▼水平対向6気筒エンジン
スカイラインGTR 水平対向エンジン







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2008年 06月号

日産 スカイライン・240GT-Rの真実
さて、事実はどうであったかといえば・・・

1972年9月に通称ケンメリ・C110スカイラインがデビューした時点で、レースファンは失望していた。サーキットではライバルのマツダRX3に王座を奪われるのは時間の問題で、その主な理由はパワーウェイトレシオの差にあったからだ。

新型の大きく重たくなった車体で、どうやって勝つことが出来るのか?東京モーターショーにレーシング仕様が展示されたが、中身は公開されず、レースからは引退すると噂されていた。

当時、三栄書房の『AUTO SPORT』誌上で特集記事が組まれ、可能性が検討された。40年近く前の記憶を紐解いてみよう。

実はライバルのRX3のロータリーエンジンはレース規定上、レシプロ換算2300ccで、当時のJAFツーリングカーの規則では一クラス上であった。GT-Rが2000ccに拘らないのであれば、対抗上排気量を拡大すれば良いのだが、S20はレイアウトの都合で一割増しが限度であった。

手っ取り早いのは輸出仕様のL24エンジンを積んだ240KGTを投入する事だ。S20より最高出力は若干劣るが、トルクで上回り、戦闘力は互角以上だと予想された。

ブルーバードで開発中のL16ターボを積む、プレジデントのV8を積む、兄弟車ローレルのフロアパンを切り詰めて軽量化する等の案もあったと思うが、有望な結論は導き出せなかった。

結局、翌年1月にS20を積んだGT-Rが発売され、日産は環境問題やオイルショックを理由に、国内ツーリングカーレースでのワークス活動を停止した。

仮に社会状況が許せば、どうなっていたであろうか? S20が築いたブランドイメージは脇に置いて、なりふり構わずレースで勝利を目指すのであれば、L24は有効であったかも知れない。

ワークスフェアレディZ同様、クロスフローヘッドのLY24に換装して当座をしのぎ、サニーエクセレントに積んでいたL14ベースのDOHC4バルブヘッドを応用すれば、かなりの戦闘力が期待できたはずだ。

LZ14は200HPと言われたので、300HPオーバーは確実であっただろう。ただし、カムギアトレインのレース用ヘッドを市販車に積むのは困難であろうから、一般ユーザーがL24で納得できるかが最大のネックだ。

一方、ライバルのロータリーは排気量アップが容易で、当時発売されたばかりのルーチェAP用の13Bという選択肢もあった。コスト的にもはるかに有利で、結局負け戦になったのかも知れない。

以上は外野の意見だが、当の日産はどう考えていたのだろか?一般にGT-RがS20の在庫処分で終わった要因は、オイルショックと排ガス規制であるように言われるが、オイルショックは73年、マスキー法改正は70年12月。C110の商品企画はそれ以前に決定していたはずである。

スタイリングデザインのモチーフに70年型ダッジ・チャレンジャーの影響が伺えるので、方向性はその頃に決定されたと思われるが、彫りの深い造形はアメリカンマッスルカーを志向している。

シャーシを共有するローレルと共に、先代より大きく豊かなボディを目指したことは明白で、GT-Rを継続するならこの時点でより強力なエンジンの目途が立ってなければならないが、新型エンジンの噂は聞こえてこなかった。

GT-Rのレース引退は最初から決定していたのではないだろうか?


240GT-Rの画像は合成、エンジンはスバルSVXの写真です。
▼1970年型ダッジ・チャレンジャーダッジ チャレンジャー

▼ダッジ・チャレンジャーのインパネダッジ チャレンジャー

▼クロスフローヘッドに換装したL24エンジン LY24

▼スカイライン2400GT GC10 nissan 2400gt

▼スカイラインの販売データ  国内販売/生産
1967年 32,820/34,646
1968年 38,944/41,517
1969年 65,998/71,187
1970年 90,386/96,588
1971年 11,4169/117,570
71年の輸出先はクウェート、ドミニカ、ガーナ、スイスの順。(出典 八重洲出版・ドライバー)


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