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昭和30年代生まれに贈るオンラインマガジン
Updated 2009/02/21
眠れぬ夜
眠れない夜と雨の日には 忘れかけてた愛がよみがえる♪
70年代の読書メモ。
▼眠れぬ夜
作詞・作曲/小田和正/唄・オフコース
ニーナの日記/ニーナ・コスチェリーナ 1975年読了
クリスマスカラーといえば赤、というイメージがある。由来はイエス・キリストが十字架で流した血の色といわれるが、アメリカ経由のイベントに馴染んでいる日本ではサンタクロースの色だろう。

サンタの服が赤いのは、かつてコカコーラが広告のサンタに赤い服を着せたのが*世界中に広まったからだそうだ。もし、コカコーラのコーポレートカラーが赤でなければ出会うことが無かった一冊の本がある。
(それまでは赤以外で描かれることもあったが、この頃に定着した一因と言われる)

1975年の暮れは寒かった。12月に入って間もなく、学校帰りに立ち寄った本屋の文庫コーナーに真っ赤な本が平積みしてあった。タイトルは『ニーナの日記』〜パパ戻ってきてよ〜。

カバーの裏には「スターリンの粛正中のモスクワで、少女が15歳の誕生日から5年間綴った日記」と書いてあったと思う。クリスマスが近いこともあって、ロマンチックな読み物を期待して買って帰った。

ところが、赤い色は旧ソ連の色で、少女の命の色でもあった。『平凡な少女の日記』と名付けられた日記には、私と同年代の少女の日常が生き生きと描かれるが 、父親が「スターリン粛正」で人民の敵として逮捕され、次第に戦時色が濃くなって行く。

ニノチカ(ニーナの愛称)はコムソモール〔共産青年同盟〕の一員となり、パルチザン志願兵となってドイツ軍の後方へ潜入する。出征後の記述はなく、ニノチカはサヨナラも言わずに読者の前から消えてしまう。

日記には淡く短いロマンチックな場面があって、凍結した湖でボーイフレンドとスケートをする場面がある。彼女の短い生涯にマッチ売りの少女が灯した明かりのような瞬間だった。

読後は 『平凡な少女』が無駄に命を落とす戦争の虚しさに、心にぽっかりと穴が空いたように感じたものだ。

角川版の初版は1973年で、私が買ったのは75年11月30日に重版されたものだった。もしこの季節で無く、集英社版の表紙だったならニーナと出会う事はなかったかも知れない。

その年のクリスマスイブ。住んでいた地方には珍しく雪が積もった。ホワイトクリスマスの赤い想い出だ。


《余談》
ニーナと言えば74年の沢田研二の『追憶』が思い浮かぶが、作詞の安井かずみも読んだのだろうか?
▼角川文庫版/1973年初版
ニーナの日記
書籍情報>>

▼集英社版/1965年初版
ニーナの日記

▼コカコーラの広告/1931年 コカコーラの広告
The Saturday Evening Post


▼眠れぬ夜・目次
トーマの心臓
アクロイド殺人事件
ガラスの仮面
白い本
ティファニーで朝食を
ペーパームーン
スターキング
太陽がいっぱい
ニーナの日記
セゾン・ド・ノンノ/パリ大地図帳
リーダーズダイジェストとフェーマススクールズ
成吉思汗の秘密
知的生産の技術
お楽しみはこれからだ
すてきなあなたに

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