BBS昭和の話題 - 掲示板
昭和30年代生まれに贈るオンラインマガジン
Updated 2009/02/21
めもあある図書館
クオレ クオレ あなたは憶えていますか♪
読み返せば消えてしまう記憶の図書館。
▼水曜日のクオレ/山口百恵
作詞・阿木燿子/作曲・来生たかお

当時の記憶を元に書いています。 実際の内容と異なる場合があります。
めもあある美術館 大井三重子・著/読書期間1970〜71

東京書籍『新しい国語』(小学六年生)に掲載。30年以上経っても忘れない不思議な話は、こんなあらすじだった。

ある日、姉さんと喧嘩してむしゃくしゃしていた「僕」は、学校から帰ってランドセルを放りだしたのをお母さんに叱られたので、玄関で犬に八つ当たりして家を飛び出す。

あてもなく歩いていると、普段見かけない路地に出て、そこには古道具屋があった。中を覗くと、がらくたの中に額縁に入った絵があり、驚いた事に亡くなったおばあちゃんが描かれていた。

そこへ男がやって来てその絵を買う。不思議に思った「僕」が 男のあとをつけていくと、男は白い建物の中に入った。看板には『めもあある美術館』と書いてある。

おそるおそる美術館へ足を踏み入れると、最初の額には赤ん坊の「僕」がいた。両親に可愛がられている「僕」。 小さい頃の楽しかった思い出。大好きだったおばあちゃん。

出口の近くには、さっき家を飛び出した時のふくれっつらの「僕」。犬をけ飛ばしてる「僕」。最後の額の中は鏡で、今の自分が映っていた。

なんだか恥ずかしくなり、家に帰ってお母さんに謝った。翌日、再び『めもあある美術館』へ行こうとしたら、あの曲がり角も古道具屋もみつからないのだった。

少年少女が日常にぽっかり空いた異空間に足を踏み入れ、冒険して帰って来るという話は、古くは『くるみ割人形』や『不思議の国のアリス』、最近では『千と千尋の神隠し』等がある。

それらと比べて、『めもあある美術館』の「僕」の気持はとりわけよくわかった。作中の「僕」と六年生の私がちょうど同じ年頃だったからだ。

大人になるということは、自分を客観視出来るようになることでもある。作者は自分では気がついていない「僕」の姿を、『めもあある美術館』の絵という形で外へ引き出して「僕」に向き合わせた。

額縁の中に切り取られた「僕」の《めもあある》は読者の私を映す鏡でもあり、12歳の私は子供時代の終わりを迎えつつあった。
▼新しい国語6上・昭和47年版
新しい国語

▼めもあある美術館を読む
もう一度読みたい国語教科書
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一年生(ありとはと/一すんぼうし/げんごろうぶな)
二年生(きかん車やえもん/かわいそうなぞう)
三年生(ピノキオ/かがみの中の犬)
四年生(ごんぎつね/ チワンのにしき/ はだかの王様)
五年生(レナド/おかあさんの手のひら/大きなしらかば)
六年生(めもあある美術館/桃花片/最後の授業)

▼大井三重子
仁木悦子の別名。

水曜日のクルト
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▼めもあある図書館・目次
めもあある美術館
ほら男爵の冒険
黒馬物語
難破船
アク・アク
ちびくろさんぼ
くるみ割り人形
そらいろのふね
おしゃべりなたまごやき
坊っちゃん
スペードの女王
家なき子
てぶくろをかいに
ピノッキオ
読書感想文・課題図書1964〜1970

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