昭和30年代生まれに贈るオンラインマガジン
Update: May.2007
ビューティフルネーム
呼びかけよう名前を すばらしい名前を♪
▼ビューティフルネーム
作詞・良橋陽子&伊藤アキラ
作曲・タケカワユキヒデ/唄・ゴダイゴ

イーデス・ハンソンと太郎鯉/1980年

「世の中広いわ、イーデス・ハンソン、ビックリしました」

岡本太郎デザインの『東レ・太郎鯉』のCMが流れたのは1980年。ナレーションは外国人タレントのハシリ、イーデス・ハンソンだった。

当時は住宅事情の変化で甍の波に泳ぐ鯉のぼりが減少し始めた頃で、何故大手の東レが鯉のぼり?と思ったものだ。商品と言うより、広告塔としての意味があったのだろうか?

岡本太郎の起用は*ロバートブラウンの「グラスの底に顔があってもいいじゃないか」でお茶の間にもお馴染みになっていたので納得出来るが、ブラウン管から遠ざかりつつあったイーデス・ハンソンの起用は何故だったのだろう?
(*キリンシーグラムのウイスキー。芸術は爆発だ〜は81年のマクセル)

私の子供時代、TVで日本語を話す外国人といえばロイ・ジェームスかイーデス・ハンソン、大相撲の千秋楽で表彰状をわたすパンナムの支店長?くらいだった。

とりわけ、イーデス・ハンソンは『ガメラ』や『アルプスの若大将』でお馴染みで、TVのバラエティ番組のご意見番としてよく見かけたので、TVの外国人タレントといえばこの人という感じだった。

しかし、70年代の半ばを過ぎるとTVで見かける機会が少なくなり、『太郎鯉』の頃には役割をフランソワーズ・モレシャンにバトンタッチしたように思う。

『太郎鯉』を作っていたのは名古屋の会社で、実は『太郎鯉』は岡本太郎デザインの鯉を作る前からあったブランドで、その名前が縁で東レが話を持ちかけたそうだ。岡本太郎鯉は数ある『太郎鯉』の一品種だったのだ。

当時、私が名古屋に住んでいたのでCMをよく見かけのかも知れない。岡本太郎といえば、名古屋の『オリエンタル中村百貨店』に岡本太郎作の壁画があった。『名古屋三越百貨店』に*改称したのがこの年で、壁画は取り壊され、店頭に三越のライオンが据え付けられた。(*以前から三越傘下だった)

岡本『太郎鯉』は今も健在で、発売当初の一時期を過ぎると低迷していたのが岡本太郎の死去後、徐序に売れるようになってきたそうだ。そして、イーデス・ハンソンは先頃、NHKの連続TV小説で久しぶりにブラウン管に戻って来た。

▼ 岡本太郎の太郎鯉
太郎鯉
商品情報>>


昭和30年代生まれに贈るオンラインマガジン
Since 25 Dec. 2001