昭和30年代生まれに贈るオンラインマガジン
Update: april.2004
バスルームから愛をこめて
バス・トイレタリー雑貨の思い出。

▼バスルームから愛をこめて
作詞:康珍化/作曲:亀井登志/唄:山下久美子


エメロン石鹸:ライオン 1970

こんな格好で〜失礼します〜♪

落語家の三遊亭円右が出演していた。同世代には忘れられないCMだろう。ライオン〜 ライオン〜ライオン〜ライオン〜♪で始まる、ライオン劇場『チャコちゃん』シリーズのスポンサーだったからだ。

今は赤ん坊の時からシャンプーだが、昔の子供は石鹸で髪の毛を洗っていた。当時の僕は小学校高学年で、石鹸を卒業してシャンプーに切り替えようかと言う時期だった。

ウチは牛乳石鹸を愛用していたので、エメロンを使った事はなかった。牛乳石鹸には『白箱』『青箱』『赤箱』があって、『赤箱』は高級品だった。

▼エメロン化粧石鹸
1966年(昭和41)発売
お肌にやさしい豊かな泡立ち


▼牛乳石鹸
牛乳石鹸良い石鹸〜♪ (モォ〜)


ホワイト&ホワイト:ライオン 1970

白い歯っていいな〜ホワイト&ホワイト♪

土田早苗の白い歯が眩しかった。『ホワイトアンドホワイト』の特徴はなんといってもラミネートチューブ。それまでの金属チューブと違って最後まで気持ち良く使えたのだ。

▼土田早苗
昭和43年  毎日放送『ばってら』
昭和44年  TBS『大岡越前』
昭和45年  NET『鬼平犯科帳』


メリットシャンプー:花王 1970

フケ・かゆみ防止のジンクピリチオン配合。洗髪以外の機能をうたった最初の商品だったと思う。ボトルはグリーンで不透明(当時はエメロンも不透明だった)で白いキャップ。ノズルは折り畳み収納式だった。

混同しそうだが、フケいやいや〜♪はエメロン・グリーンシャンプー。

 


エメロン・クリームリンス:ライオン 1970

♪振り向かないで〜
ハニー・ナイツの歌をバックに流れる街頭インタビューCM。7年間も流れたので知らない同世代はいないだろう。以後、ラーマやブラウン等の素人を使ったCMが登場した。

『クリームリンス』は、キャップ一杯を洗面器のお湯に溶かして使うタイプ。結構手間だった。直接つけちゃいけなかったのだろうか・・

▼振り向かないで
作曲:小林亜星


サッサ:金鳥(大日本除虫菊) 1970New!

家庭の掃除の基本は《掃き掃除》と《拭き掃除》。《掃き掃除》の近代化は電気真空掃除機によってもたらされたが、《拭き掃除》の近代化は住居用洗剤と化学ぞうきんの登場による。

化学ぞうきんは1964年に「ホームダスキン」として販売開始されたが、一気に普及させたのは1970年発売の金鳥のワンタッチぞうきん『サッサ』。 元気一杯の園佳也子(その・かやこ)のCMが印象に残っている。

ところで、化学雑巾はなぜ黄色なのか? ビタミンカラーの黄色で化学薬品のマイナスイメージを払拭しているのかも知れない。 ちなみに、ビタミンB2の黄色、ビタミンB12の赤色以外は全部無色。ビタミンが黄色というイメージは武田薬品の『アリナミン』や『ハイC』に刷りこまれたのではないだろうか?


全温度チアー:P&G 1973

プロクター・アンド・ギャンブル・サンホームの日本での新製品第1号。今はピ〜アン〜ジ〜♪だが、当時は舌を噛みそうなフルネームをアナウンスしていた。

今や、TVでアメリカンの通販番組がそのまま流れているので珍しくもないが、当時のアメリカンなCMはこれと、日本リーバのラーマくらいだった。「全温度」といっても、当時は温水が使える家庭用洗濯機は珍しく、もっぱら冷たい水でも溶けるという事が受けたのだろう。76年にはNo.1ブランドになった。

▼プロクター・アンド・ギャンブル・サンホーム
1972年、 ザ・プロクター・アンド・ギャンブル・カンパニー、日本サンホーム(株)、伊藤忠商事の共同出資でプロクター・アンド・ギャンブル・サンホーム株式会社設立。

▼アメリカンなCM
SPAMはランチョンミートの缶詰。CMがしつこい事からスパムの語源になった。


バスボン:資生堂 1974

♪まん丸顔の女の子って、いい妻になれるって〜
バスボンは資生堂初の若年層(化粧品購入予備軍)へ向けた商品だったと思う。CMには親しみ易さを狙って庶民的な松本ちえこを起用した。

CMソング『恋人試験』 は、キャンペーンソング>ヒットの先駈けだったが、CM版の歌詞はレコードと異なっていた。レコードの歌詞は、♪私の一番かわいいとこどこですか、次のうちからひとつにマルつけて。

資生堂は65点の松本ちえこで、しっかり100点を狙っていたように思う。ちなみに、ソニンを見るたびに松本ちえこを思い出す。

▼恋人試験
作詞:伊藤あきら/作曲:あかのたちお
松本ちえこのデビュー曲は「ボーイフレンド」。

バスボンガールの二代目は『BIBI』 小西直子&早坂アキヨ。


ドレッサー:花王 1974

♪髪に栄養〜 ドレッサーしましょう〜(しましょう)
正式名称は「カオー・フェザー・ドレッサートリートメント」。 髪に直接つけてマッサージするタイプのトリートメントをポピュラーにした商品。

CMのモデルはアン・ルイス。『グッドバイ・マイ・ラヴ』がヒット中だった。

▼フェザー
花王石鹸のシャンプーのブランド。初期のフェザーシャンプーは粉末だった。


フェザー・クリームリンス:花王 1974年頃の広告

▼モデル
浅田美代子


サワデー:小林製薬 1975

♪トイレにサワデー爽やかサワデ〜

小林製薬は1969年に芳香洗浄剤『ブルーレット』でトイレタリー分野に進出している。水洗トイレの普及を見据えたロングセラーだが、水洗トイレの普及率が50%を超えたのは1970年代後半から80年代前半の間だった。 71年にはジョンソン&ジョンソンが旧来のトイレ用に「臭い臭い 臭い匂いは元から絶たなきゃダメ♪」の『シャット』を発売している。

「トイレと言えばつり下げた樟脳」の時代は『サワデー』の登場で転換期を迎えた。『サワデー』は車用、リビング用と商品展開し、もはやトイレ用品と同じブランド名であることが必ずしもマイナスイメージとはならない事を示した。

▼カーサワデー
52年8月 車用芳香剤 

▼キンモクセイ
53年9月 室内用

▼香りの人形
55年10月


液体洗剤ボーナス:P&G 1975

液体洗剤の先駆。商品のビジュアルイメージを謳わないネーミングにインパクトがあった。一回の洗濯にキャップ一杯。同じ容積の粉末洗剤と比べてお得だから『ボーナス』だったのだろうか?

『ボーナス』は粉末洗剤の小型化を促し、翌76年にはライオン油脂から「コンパクト洗剤ピンキー」「コンパクト洗剤ブルーチャイム」「コンパクト洗剤ブルーダイヤ25」が発売され、花王は「液体洗剤ジャスト」「新ザブ」を発売した。

▼ミツワ石鹸倒産
1975年、PP&Gサンホームはミツワ石鹸富士工場とミツワブランド取得。ピーアンドジー石鹸設立。

▼新ザブ
従来品の半分で洗えると謳っていた。


エッセンシャル・シャンプー&リンス:花王 1976

キューティクルケアという概念をはじめて打ち出した製品。CMソングはオフコース。モデルは林寛子だったと思う。

フローラルとグリーンの2種類があったと思うが(フローラルグリーンだけだったかも)、香りはかなり強く髪に残った。

▼林寛子/1976
カモン・ベイビー
危険がいっぱい


ズックリン:ジョンソン&ジョンソン 1978

運動靴用洗剤。それまでは専用の物は無く、ニッサンの洗濯石鹸なんかを使っていた。

子供の頃は布製の運動靴や上履きをズック(靴)と呼んでいた。低学年まではキャラクター付きのスリッポン、高学年になるとバスケットシューズ。スニーカーという言葉は無かった。

TVドラマ『太陽にほえろ!』にスニーカー刑事が登場したのは、1979年7月20日。

▼ズック
綿や麻の厚地の織物、布地 のこと。


次回予定

オリーブ石鹸:資生堂 1951

 

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